村内MAP 寄付する

MENU

食べる

すべてのエリア

おすすめスポット

- RECOMMENDED -

見る・知る

一覧へ

建造物

広島湾に浮かぶ小那沙美島に建造された灯台。この小さな島に灯台が置かれたのは、明治21年(1888)に海軍兵学校が広島の江田島に移され、広島湾岸が軍事上の要所とされたためでした。
円筒形の灯柱に灯篭と天蓋が据えられた、総高さ6.7mの鋳鉄造り。燈柱は直径50~60cmの円筒4本を積み重ねて建造され、工期短縮の必要と立地条件に適した構造となっています。上部の点検用デッキは6本の持送りで支えられ、灯篭には8面の曲面ガラスを組み込み、円錐形の銅板製天蓋と球形の冠蓋が載ります。

小那沙美島燈台

建造物

高等学校令により名古屋に開校された第八高等学校正門。赤煉瓦と白御影石を積み、扉、柵に鉄材を軽やかに使ったデザインは、明治期に導入されたネオ・ルネッサンス様式です。
明治42年(1909)に建造されて以来、わが国の学校制度改革と運命を共にした由緒ある教育の門でもあります。昭和24年(1949)の学制改革で新制名古屋大学教養部の正門となり、ついで昭和40年(1965)に校舎が名古屋市立大学に移管され、正門もまた名古屋市の所有になりました。その後取り壊される運命となり、今度は明治村正門としてお客様を迎えることとなりました。

第八高等学校正門

建造物

東京・渋谷区広尾の日本赤十字社病院の敷地内に建っていた、分棟式の木造病棟9つのうちの1棟。設計は、赤坂離宮などと同じ宮内省技師・片山東熊です。
病院はドイツのハイデルベルク大学病院を模したレンガ造2階建ての本館が正面に構え、その背後に木造病棟が並び、それらが廊下で環状に結ばれていました。病棟の先端には、別棟の便所が接続していましたが、この便所棟も移築されています。当時としては最先端の設備を誇っていた病院でした。
ハーフティンバーとドイツ下見板張りの外壁や、繊細な軒飾りや小壁の透かしが、建物の印象を柔らかいものにしています。


日本赤十字社中央病院病棟

村内MAP 開村時間 料金 団体情報 アクセス