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重要文化財 / 建造物

明治の元老西園寺公望(1849-1940)の別邸として静岡県興津に建てられた「坐漁荘」。駿河湾奥、風光明媚な海岸沿いに佇んでいた当時の趣をそのままに、今なお歴史の風格を漂わせます。低い塀の奥には、玄関、台所、2階建て主屋の屋根が幾重にも重なります。昭和4年(1929)には、座敷の横に洋間、その奥には脱衣室を兼ねた化粧室や洋風便器の置かれた便所等が増築されました。

西園寺公望別邸「坐漁荘」

建造物

1階を雨天体操場、2階を講堂として使用していた校舎。当初は大阪市北区大工町の堀川尋常小学校にあったもので、同校の校舎が新築されるに際し、昭和4年(1929)に南河内郡の赤阪尋常小学校に移築されました。
明治中頃から学校教育の中で体操が重視され始めると、広い体操場が求められるようになり、このような建物が各地に立てられました。
外周にはアーチが連続する幅一間(約1.8m)の廊下をめぐらしていて、明治時代の洋風校舎としての趣を持っています。2階講堂正面に天皇陛下御真影や教育勅語を納めた奉安殿が設けられています(2階は非公開)。

千早赤阪小学校講堂

建造物

東京・汐留の新橋停車場構内に東京鉄道局が建てた工場施設の一つです。新橋工場には、旋盤、木工、鍛冶、鋳物など9工場が設けられており、この建物は木工場であったと推測されます。
この建物は、構造技術の面では鉄道寮新橋工場(4丁目44番地)にならって造られたものですが、鋳鉄柱に「東京鉄道局鋳造」の銘があり、国産鉄造建築の初期例といえます。構造形式は、鉄造平屋建て、越屋根付き切妻屋根の銅板葺き。
大正8年(1919)に大井工場に移築され第二旋盤職場として、昭和41年(1966)まで使用されました。

鉄道局新橋工場

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