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建造物

東京都墨田区向島5丁目にあった幸田露伴が借家住まいをしていた住宅です。幸田露伴(1867-1947)は明治を代表する作家で、尾崎紅葉と文壇の人気を二分しました。露伴はたびたび引越しをする人で、新たな借家に移るたびに、住まいを替えるヤドカリをもじって「蝸牛庵(かぎゅうあん / カタツムリの家)」と呼んだといいます。向島の周辺でも3度も引越しをしましたが、その中でこの家は、明治時代に最も長く住んだ家でした。
建物は木造で、一部が2階建てになった構造。寄棟の桟瓦葺きで、外壁は押縁の下見板張りです。

幸田露伴住宅「蝸牛庵」

建造物

歩兵第六聯隊は、名古屋に置かれていた東京鎮台第三分営という軍隊が、明治6年(1873)に名古屋鎮台に昇格した時に新しく編成された部隊でした。名古屋城大手門の右手にある二之丸跡に兵営が設置され、営庭を取り囲むように兵舎が配置されました。明治村へ移築されたのは第十中隊で、兵舎は約7割程度に切り縮められました。
外観は漆喰壁に上げ下げ窓が並び、素朴な印象を与えます。しかし、構造はとても頑丈で、外側の柱はすべて土台から軒まで達する太い通し柱とし、壁の下地になる木摺(きずり)を斜めに打ち、瓦を張って白漆喰で仕上げている。

歩兵第六聯隊兵舎

重要文化財 / 建造物 / Pick Up!

日本聖公会京都五条教会堂として建設された教会堂。2階が会堂、1階は日曜学校や幼稚園に使われていました。
中世ヨーロッパのロマネスク様式をベースに、細部にゴシックのデザインをまじえた外観が特徴。正面の左右には高い尖塔が建てられ、奥に十字形の大屋根がかかる会堂が配されています。2階の会堂の内部は十字形の平面になっていて、小屋裏あらわしも。アーチ形の方杖と鉄筋が組み合わされた独特な小屋組の細い骨組みにより、実際よりも広く感じさせる造りです。正面の妻と交差廊の両妻には大きな尖塔アーチの窓が設けられ、美しいトレーサリーの模様が浮かび上がるとともに、室内に光をふんだんに取り込みます。京都の風土に合せて使ったといわれる天井の竹のすだれが明るい光を反射し、内部の印象は非常に開放的です。

聖ヨハネ教会堂

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