• メイジノオト
  • 桂太郎旧蔵「金時計」~小さな時計が刻んだ外交の記憶

桂太郎旧蔵「金時計」~小さな時計が刻んだ外交の記憶

CATEGORY:
明治時代の文化 歴史

2026/04/29

桂太郎旧蔵「金時計」~小さな時計が刻んだ外交の記憶

明治村学芸員

記者

明治村学芸員

二十四節気にそえて 6

 

<穀雨> 春雨が降って百穀を潤す意(広辞苑)

 

穀雨は、立春から始まった「春」の季の最後の節気です。

 

小さな時計が刻んだ外交の記憶

今回は、桂太郎旧蔵の「金時計」をご紹介します。2025年開催の明治村開村60周年記念展「ざくざく!わくわく!ぞくぞく!明治村の“Oh!”たから大集合!」で展示されていたため、記憶に残っている方もいらっしゃるかもしれません。
直径35mmという小さな懐中時計の中に、当時の外交・政治、そして技術発展のドラマが凝縮されています。さあ、この時計とともに、激動の時代へタイムトラベルしてみましょう。

 

 

<歴史の転換期を駆け抜けた宰相・桂太郎>

この時計の持ち主である桂太郎(1848-1913)は、長州藩出身の軍人です。ドイツ駐在や日清戦争を経て山県有朋の厚い信任を受け、1901(明治34)年に首相の座に就きました。以降、大正初期にかけて西園寺公望と交互に3度首相を務め、その在任期間2886日は歴代2位を誇ります。
桂内閣の時代は、まさに日本が「世界の一等国」へと躍進する転換点。第一次桂内閣(1901~06)は 日英同盟(1902年)締結、日露戦争(1904~05年)の遂行。第二次桂内閣(1908~11)は 関税自主権の回復(1911年)を達成。第三次桂内閣(1912~13)は、わずか50日の短命でしたが、元老政治から政党政治への転換点となりました。

 

 

<「エリザベス女王」という謎と、日英同盟の記憶>

この時計は、明治村開村間もない1967年に寄贈されたものです。寄贈者による当時のメモには、「日英同盟の際、当時首相であった桂公が英国エリザベス女王よりいただいた品」との記述があります。しかし、ここで歴史に詳しい方はピンとくるはずです。
日英同盟が締結された1902年当時、イギリスの君主はビクトリア女王からエドワード7世へと代わった時代。メモにある「エリザベス女王」は、寄贈時の時代背景から生まれた勘違いでしょう。世紀の変わり目、大英帝国の君主交代、そして日英同盟による日本の国際的地位の向上。この時計は、そんな激動の時代の記憶を今に伝えています。

 

 

<技術と物語を刻む「ベンソン社」の金時計>

この時計は、ロンドンの高級時計メーカー「J.W.Benson(ベンソン社)」製です。同社はビクトリア女王から初めて王室御用達の称号を与えられた名門です。それはケース裏に「JWB」と刻印されていることからわかります。「JWB」に刻印の上下には、1870~80年代のプラチナ・金・銀製品に見られる「デューティーマーク(納税証明印)」や、素材を示す「18K」、そしてムーブメント製造番号の下二桁である「76」などが刻まれています。記録によればムーブメント製造番号は「627276」。ケースとムーブメントを合わせるための刻印からも、当時の職人の丁寧な仕事ぶりが窺えます。製造年については、ケースとムーブメントで若干の差異がありますが、ここは今後の調査を待ちたいところです。

 

 

<計算された実用性、文字盤の工夫>

時計を手に取ると、文字盤の12時は竜頭のところではなく、3時になっています。これは時計を左手で持って蓋を開けると、12時がちょうど上に見えるように、使用時の実用性を考えて設計されています。
大きな文字盤の短針と長針で時・分を表し、小さな文字盤(スモールセコンド)で秒を表しています。

 

 

<時を超えて今に伝わる、日英の絆>

現時点では、この時計がエドワード7世から直接、桂太郎へ贈られたという公的記録は見つかっていません。しかし、当時、鉄道の普及により「時間」の重要性が増す中、時計は外交の答礼の品として重宝されました。日英同盟を結んだ二国が「同じ時を刻む」という願いが込められていたのかもしれません。
一つの小さな時計から浮かび上がる、当時の世界情勢と日英の絆。次にこの時計が展示される機会には、ぜひ時計の輝きと、そこに秘められた歴史の重みを感じてみてください。

 

INFORMATION

Writer

明治村学芸員

記者

明治村学芸員

PICK UP

イマ注目の記事