記者
明治村学芸員
2026/06/20
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明治村学芸員
二十四節気にそえて 9
梅雨入りをしたものの、梅雨の晴れ間、五月晴れの空に、木々の青さが際立ちます。
<菊の御紋>

左 三重県庁舎 右 三重県尋常師範学校・蔵持小学校
前回は、明治村が所蔵する博物館資料に取り付けられた「紋」をご紹介しました。今回は、移築し展示されている建物に取り付けられた「紋」にまわるお話です。
明治村の建物には案外いろいろな「紋」が取り付けられているのをご存知ですか?
目立つところでは、三重県庁舎や三重県尋常師範学校・蔵持小学校の「菊の御紋」です。正門から入られた多くの来村者の方は、左へ向かえば三重県庁舎、右へ向かえば三重県尋常師範学校・蔵持小学校の菊の御紋に目がいくでしょう。実際、「菊の御紋がある」と声を上げられる方も少なからずいらっしゃいます。
明治時代には公共建築の多くに菊の御紋が取り付けられていたようです。しかし、戦前から現存している庁舎が少ない上、戦後に取り外されてしまったという経緯もあるため、現代の見学者の皆様にとっては、公共建築に「菊の御紋?!」という新鮮な驚きにつながっているように思います。
<学習院長官舎の車寄せに注目>

この学習院長官舎の車寄せ(ポーチ)に学習院の紋である「桜」と「菊の御紋」が並んで掲げられているのに気づかれた方はいらっしゃいますでしょうか。
車寄せの妻(つま:車寄せの屋根の端にあるカーブに沿った帯状の部分)にある桜紋は、周囲をアールヌーボー風の帯鉄(おびてつ)の唐草模様の装飾に取り囲まれているため、少し気づきにくいかもしれません。この桜紋は学習院の「院章」で、現在も用いられているものです。

そして、その屋根の上には、白のペンキで塗りこめられてはいますが、実は菊の御紋もあります。これは、学習院がかつて宮内省所管の官立学校であった名残でしょう。

創建当初は金色に輝いていただろう、菊の御紋。これが第二次世界大戦後に私立学校に移行した際に、周囲の色と同じ白色で塗りつぶされたのか、あるいは明治村への移築に際してそのようになったのかは、今となってはわかりません。
加えて、車寄せの上の棟飾りにあたる位置に菊の御紋が、その下の妻に桜の紋が配置されているレイアウトも非常に興味深いところです。
隠したのか隠されたのか………判然としない菊の御紋ですが、うっすらとその姿を垣間見せながら、建物の遺伝子を伝えようとしているかのようにも見えます。
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