記者
ライター安田淳
2022/12/05
新潟県上越市にある「高田世界館」は明治44年(1911)に芝居小屋として開業し、常設の映画館となった大正5年(1916)から現在に至るまで上映活動を続ける、国内最古級の映画館。老朽化などによる廃業の危機を幾度となく乗り越え、建築当時の姿を現在にとどめるまさに「奇跡の映画館」です。
豪雪地帯に位置する新潟県上越市で目にする、独特な建築様式が「雁木(がんぎ)」。冬季の通路を確保するために家屋の一部やひさしなどを延長した、いわば「和製のアーケード」です。
そんな雁木が連なる風景が急に開け、そこに姿を現すのが「高田世界館」。明治44年(1911)に芝居小屋として開業した建物で、国の登録有形文化財や、経済産業省認定 近代化産業遺産にも指定されています。
復元された高田城三重櫓
高田は慶長19年(1614)に、徳川家康の六男・松平忠輝によって築かれた城下町。明治維新により、城下町としての機能を失い衰退の一途をたどりましたが、明治末に陸軍第13師団の誘致に成功したことを機に人口が増加し活気を取り戻します。
開館して間もない「高田座」。建築は金丸長五郎棟梁
街なか(本町2丁目周辺)にあった遊郭が、風紀の関係もあり街の北部へと移転。色街の界隈には牛鍋屋やビリヤード場、そして芝居小屋「高田座」も完成します。これが「高田世界館」のはじまり。明治44年(1911)のことです。
開業当時の新聞には「ルネッサンス式白亜の大劇場」と記載されているように、洋風スタイルの建築は注目の的だったよう。
大正15年(1926)ごろに撮影された写真には「常設世界館」の文字が
開業当時は「高田座」として芝居小屋からスタートしますが、大衆娯楽の中心が芝居から映画に移ったこともあり、大正5年(1916)には常設映画館としての歩みをはじめます。
建物ができたころの図面を見ても、「スクリン」という文字が見て取れたり、映写機が置かれるスペースが描かれていることから、常設映画館への移行はある程度織り込み済みだったようです。
事務所の入口近くには「日活」のマークが今も残されている
その後は配給会社の変更に伴い、「高田東宝映画劇場」「高田セントラルシネマ」「松竹館」「高田日活」のように名称を変更していきます。やがて興行契約している日活自体がロマンポルノ路線になったことで、成人映画館に変わった時期もあります。
成人映画館がステレオを必要としなかったため、設備を変更せず運営した結果、建物自体も昔のままの姿を留めたという側面もあるとのこと。
改めて高田世界館の外観を見てみましょう。一見洋風の建築ですがよくよく見ると屋根に瓦が置かれるなど、少々違和感を感じませんか?そう、世界館は日本の昔ながらの職人技術を用いて、西洋の建築に寄せて作られた「擬洋風建築」と呼ばれるものです。擬洋風建築は幕末から明治頃にかけ、日本の各地で建てられた建築様式。
博物館明治村で見られる建築物のなかでは、「東山梨郡役所(重要文化財)」や「三重県庁舎(重要文化財)」などがその好例です。
「高田世界館」の内部を、支配人の上野迪音(みちなり)さんに案内して頂きました。映画館の運営や作品のセレクトなど映画関連の業務はもちろん、あらゆる角度から高田の町おこしに携わっている、地方創生のキーマンでもあります。
上野さん:「横浜の大学院で映画論を専攻していた当時に、生まれ故郷の高田で自主上映会を企画する機会がありました。その上映場所がここ『高田世界館』だったのです」
この上映会が最初のきっかけとなり、2014年に支配人就任。映画館という枠にとらわれぬ様々なイベントを企画するなど、若い感性も発揮して世界館の魅力を広く発信しています。
現在はミニシアター系作品を中心に上映を行っている世界館。館内はどこにカメラを向けても絵になってしまうほど、フォトジェニックです。上映の合間などの時間帯には、作品を鑑賞しなくても内部を見学することができます。
天井に見られる意匠は、江戸時代に高田藩を治めた榊原家の家紋「源氏車」。なぜ、明治後期に建てられた世界館の天井に、江戸時代の殿様の家紋なのかは謎とのこと。
ただ、最後の藩主・榊原政敬(さかきばらまさたか)は明治時代に子爵となった後も高田に戻り、元家臣とも親交を深めていたそうです。世界館を建築する際にもなんらかの形で関わったとも推測されます。
広々としたステージは、世界館が芝居小屋として成り立った名残。このステージが残っているおかげで映画上映に留まらず、さまざまなイベントを開催できます。
2階席も世界館の雰囲気を楽しむのには最高の場。映画を鑑賞するというよりも、ライヴや落語会などの観覧に最適です。昔の造りのため座るとやや窮屈に感じますが、これもまた永い歴史を感じさせてくれます。
特別に映写室を見学させて頂きました。2台の映写機は「フジセントラル社」が1950年代に製造したもの。この会社は戦前に零戦などの戦闘機を製造していた、「中島飛行機」という会社を母体としています。それゆえに精密な機械装置や鋳物製造には昔から定評があったよう。この映写機も修理を繰り返しながら現役で動いているわけですから、いかに当時の技術が高かったかをうかがい知ることができます。
「世界館では通常はデジタルデータで上映していますが、年に数回往年の名作を中心にフィルム上映をしています。映写機から出る『カタカタカタ』という音が、館内に響いて心地いいですよ」と、上野さんはフィルムならではの魅力を語ってくれました。
ロビーも外観や劇場内同様に、味わい深い空間。館内の各所で、レトロ調のフォントを目にすることができます。
テーマパークなどで見られる作られた昭和レトロではなく、ここにあるのは「本物の昭和」。非日常的な映画作品の世界にどっぷりと浸かった後、ロビーへと出てもそこにはまだ非日常が広がる―映画の続きのなかに自分が立っているような、不思議な感覚です。
上野さん:「僕は世界館で映画を観るとき、『4列目』に座るんです。映画のスクリーンも視覚いっぱいに入ってきますし、“空間の広がり”も感じられるのが『4列目』なんです」
本来、映画鑑賞において作品の映像・音声以外の情報が入ってくることは、好ましいことではないかもしれません。ただ、美しい「高田世界館」という空間を意識しながら作品を観られるということはとても幸せで、ある意味正しい鑑賞方法のように感じるのでした。
博物館明治村には、「高田世界館」とほぼ同時期に高田の町(上越市本町)に建てられた建築物が移築されています。明治41年(1908)ごろに建造された「高田小熊写真館」です。
スタジオ内での撮影も自然光が頼りの時代。高田小熊写真館では、光量の変化が少ない北屋根の全面をガラス窓にして光を取り入れている
最新の機材を多く備えた明治時代の写真館は、文明開化の象徴のような存在でした。この建物も赤い屋根が目を引く洒落た雰囲気で、高田の町でも異彩を放っていたことでしょう。施工は地元の大工によるものと考えられており、この点も世界館と共通しています。
陸軍を誘致したことにより高田の町の経済が発展し、これらのハイカラな建物が次々に建てられたとするなら、当時の高田は全国の地方都市のなかでもかなり先進的な町だったのではないでしょうか。
北側から眺めた高田世界館の外観
ところで、上野さんは高田小熊写真館とも共通するかもしれない、ちょっと意外な事実を教えてくれました。
上野:「正面から世界館を見るとたしかに荘厳な雰囲気かもしれないのですが、それ以外の角度から見ると“ハリボテ”なんですよ。『看板建築』と言うのでしょうか。メインストリートからは立派に見えるような建築なんです。もしかしたら高田小熊写真館とも共通するかもしれませんね」
たしかに改めて世界館を別の角度から見てみると、意外なほど味気ない外観。高田小熊写真館もメインストリートから最大限美しく見える堂々とした造りであり、建物自体が「看板」の役割を果たしていることに気付かされました。
もともとは芝居小屋として開業した「高田世界館」ですが、博物館明治村内では同じく芝居小屋の「呉服座(くれはざ)」(重要文化財)を見学できます。
もとは大阪府池田市本町にあった明治7年(1874)創業の戎座(えびすざ)を、明治25年(1892)に西本町へ移築したもの。明治初期に創業した芝居小屋だけあり、木造2階建ての杉皮葺きなど、江戸時代から続く伝統建築の名残を随所にとどめています。正面の高い切妻には太鼓櫓(やぐら)を突き出し、入口下屋の軒下には、絵看板を掲げられる場所も。
舞台の両側には囃子(はやし)部屋、舞台中央には人力のまわり舞台、また上空には道具方の作業場である葡萄棚(ぶどうだな)が組まれるなど、さまざまな舞台仕掛けがあります。こちらでは、地方巡業の歌舞伎をはじめ、落語、浪曲、講談、漫才などさまざまなジャンルが演じられました。
世界的な映画ブームもあり、大正5年(1916)には常設映画館に移行した高田世界館とは別の道をたどり、まったく異なる趣を見せる呉服座。
大正・昭和と時が流れても、まだまだ歌舞伎などの伝統芸能の人気が根強かったとも考えられますし、都市部(大阪)と地方(新潟)で娯楽の需要が大きく異なったのも一因かもしれません。「娯楽」とはなにか、いろいろ考えを巡らせてしまいました。
いつでも、どこでも、ノーストレスで作品を鑑賞できる、オンデマンドの時代です。しかし、高田世界館という美しい建築に包まれて映画を鑑賞する時間は、何にも代えがたいものでした。ここを訪れると、「上映時間に合わせて、劇場へ足を運ぶ」という本来当たり前の行為が、とても尊くて、おしゃれで、愛おしいものに思えてきます。
所在地 |
新潟県上越市本町6-4-21 |
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営業時間 |
9:00~20:00(上映時間により変動あり) |
定休日 |
火曜 |
電話番号 |
025-520-7626 |
料金 |
映画上映時以外の見学500円 |
公式サイトURL |
http://takadasekaikan.com/ |
記者
ライター安田淳
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