村内MAP 寄付する

MENU

買う

おすすめスポット

- RECOMMENDED -

見る・知る

一覧へ

重要文化財 / 建造物

品川燈台は観音崎(神奈川県)、野島崎(千葉県)につぎ明治3年(1870)に点灯された灯台。品川沖の第ニ台場の西端に建てられました。石油による光で100燭光(光の強さの単位)、光源の高さは地上から19尺(約5.8m)海面上52尺(約16m)、光の届く距離は約18kmと記録されています。また、燈火は日本初の赤色火舎を用いた不動紅色であったと記録されている。
初期の洋式灯台は外国の技術援助によって造られ、品川燈台はフランス人技師ヴェルニーによって設計され、フランス人技手のフロランによって建設。レンズや金属部をフランスから輸入しました。
観音崎、野島崎燈台が関東大震災により倒壊したため、この灯台は現存するわが国最古の洋式灯台です。

品川燈台

建造物

東京都墨田区向島5丁目にあった幸田露伴が借家住まいをしていた住宅です。幸田露伴(1867-1947)は明治を代表する作家で、尾崎紅葉と文壇の人気を二分しました。露伴はたびたび引越しをする人で、新たな借家に移るたびに、住まいを替えるヤドカリをもじって「蝸牛庵(かぎゅうあん / カタツムリの家)」と呼んだといいます。向島の周辺でも3度も引越しをしましたが、その中でこの家は、明治時代に最も長く住んだ家でした。
建物は木造で、一部が2階建てになった構造。寄棟の桟瓦葺きで、外壁は押縁の下見板張りです。

幸田露伴住宅「蝸牛庵」

建造物

皇居造営にともない架け替えられた二重橋には、橋の西側両端に並んで4基の飾り電灯がつけられていました。明治村には、そのうちの一つが移築されています。
飾り電灯は、高さ5.2mの鋳鉄製でドイツのHARKORT社によって製造されました。安定した重厚な基部が軸部を支え、軸部から出た葉文様の丸鋼で出来た4本の枝が軽々と大きなグローブを吊り下げています。
飾り電灯の周りを囲む鉄柵には、二重橋とそのたもとにあった唐草模様の鋳鉄製欄干を利用しています。

二重橋飾電燈

村内MAP 開村時間 料金 団体情報 アクセス