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村内地図・
エリア紹介・設備

赤レンガ通りに並ぶ
和洋折衷の街並みを歩く

2丁目

1丁目から坂を下っていくとたどり着くのが、2丁目のメイン通りとなるレンガ通り。
銀行、小学校、医院、電話交換局、派出所など、明治時代にできた施設が立ち並びます。
昔ながらの日本建築と洋風建築が共存する街並みを歩きながら、文化の大きな変わり目となった明治時代を感じてみてください。
明治の装いを纏っての散策を楽しんでみてはいかがですか。

2丁目エリアのMAP

2丁目

個性豊かな女中さんが、お客様をおもてなし

まるで明治時代にタイムトリップしたかのように、東松家に仕える女中さんがお家の中をお客様としてご案内。
普段は見られないような場所も、主人の留守をいいことに見せてくれるかもしれません。

通常のガイトとは一味ちがう、おもてなしガイドです。

▼ 東松家住宅《建物ガイド・イマーシブ》
【有料 / 事前予約制】1グループにつき3,000円

明治時代風の衣装で、村内を散策!

明治体験処ハイカラ衣裳館では、明治時代風のドレスや女学生姿、書生服に着替えることができます。
散策用の袴衣装も用意しているので、まるでタイムトリップをしたかのように明治村散策を楽しんでみてはいかがですか?

▼記念撮影コース
一人一着5分間800円(記念撮影用小物1点つき)

▼散策コース
一人一着3,500円

ほっと落ち着く甘味処

造り酒屋だった京都中井酒造では、和スイーツと日本酒を味わえるスポットになっています。

こだわりのお抹茶と地元和菓子屋が作る甘味もよし。
風情を楽しみながらの日本酒もよし。

瓶から飲む三ツ矢サイダーもおすすめです。

おすすめポイント

第四高等学校物理化学教室

西洋化する明治時代の学校建築。
薄いピンク色のどこか可愛らしい外観も魅力的ながら、
実験教室ならではの実用的な仕掛けも知るとおもしろい...!!

京都七条巡査派出所

運がいいと派出所にお巡りさんがいるかも!
敬礼して挨拶してみてください。

2丁目のスポット

見る・知る

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建造物

長野県木曽郡大桑村須原の中山道沿いに建てられた医院。建設年は明らかになっていませんが、移築解体時には紙張り天井の下張りから明治36年(1903)11月1日付けの新聞が発見されたため、それ以降の年と考えられています。
大桑村須原は木曽路の中ほど、妻籠(つまご)と木曽福島の中間に位置し、木曽ヒノキの伐りだしを生業とした町です。この須原に生まれた清水半次郎(1868-1951)は、東京に出て西洋医学を学び、地元の木曽谷に戻って医院を開業しました。
軒が漆喰で塗り籠められ伝統的な土蔵造にも見えますが、アーチ形の入口や窓、隅柱など洋風意匠を組み合わせていて、宿場町須原にあって目を引いたことでしょう。

清水医院

重要文化財 / 建造物

明治11年(1878)に施行された「郡区町村編成法」により、県令(後の県知事)の任命する郡長が、郡内の行政を指揮監督することになり、各地に郡役所が置かれました。東山梨郡では、明治18年(1885)にこの建物が日下部村に落成。当時の山梨県令であった藤村紫朗は、地元に多くの洋風建築を建てさせたといいます。この役所もその一つでした。山梨県には県令の藤村紫朗の意向で、当時としてはハイカラな、いわゆる擬洋風建築がたくさん造られました。この建物は、その代表格といえるでしょう。
建物は中央部分が2階建て(洋小屋)、左右翼部が平屋建て(和小屋)になっていて、小屋組の架構が複雑なのも特徴です。

東山梨郡役所

建造物

石川県金沢市に第四高等中学校(現 金沢大学)の物理化学実験教場として建てられました。近代化を進める明治政府にとって、自然科学教育は重要課題で、明治5年(1872)に公布された「小学規則」にも窮理学(物理)、化学、博物、生物の4科目があげられており、初等教育の段階から、重きをおいていました。
棟札によると工事監督は山口半六、設計監理は久留正道。いずれも文部省技師として、多くの学校建築に携わった人物でした。

第四高等学校物理化学教室

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