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現存する最大の木造郵便局舎

宇治山田郵便局舎

【2019年~2022年10月まで保存修理工事のため閉鎖中】
近代郵便制度の事業拡大にあわせ、伊勢神宮外宮前に建てられた郵便局舎。木造平屋建ての銅板葺きで、中央の頂きには円錐ドーム形の屋根、両翼には寄棟の屋根を伏せています。
正面の左右には、小さなドームをのせた角塔が。外部の装飾は北欧で見られるハーフティンバー様式で、漆喰塗りと下見板張りの壁が使い分けられています。欄間(らんま)部分に施された、漆喰塗りのレリーフも特徴的です。
窓口業務を行っていたカウンター、郵便物の発着口、電話交換室、切手倉庫など、当時の郵便局機能を支えていた各部分を見ることができます。

建設年 明治42年(1909)
村内所在地 4丁目46番地
旧所在地 三重県伊勢市豊川町
所有 日本郵政株式会社
文化財種別 重要文化財
指定年 平成11年(1998)
解体年 昭和43年(1968)
移築年 昭和44年(1969)

目次 - Index -

    鑑賞ポイント

    ポイント01|明治の木造郵便局として唯一現存

    円形状の中央棟と両脇の角塔、その両脇にV字型に連なる東西翼屋からなる平面形式や、独特で斬新な洋風デザインは、当時の洋風建築の中でもあまり例を見ません。またこの建物は、明治時代の本格的な木造郵便局舎のうち、現存する唯一の事例としても貴重です。

    ポイント02|印象的な公衆室のエントランス

    正面入口を通ると円形の「公衆室」と呼ばれるホールがあり、それを囲う形でカウンターが配置されています。ホールの天井は、隣接する翼部より一段と高くされ、高窓から採光できる仕組み。また天井の中心からは、チューリップ型のシャンデリアが下げられています。

    ポイント03|防火対策万全の切手倉庫

    東翼部の背面には、切手倉庫の入口があります。建物全体は木造ですが、切手倉庫だけはレンガ積みの壁で囲われていました。出入口や窓には鉄製のシャッターがはめられ、天井には波板鉄板が張られたうえに砂が敷かれ、防火対策を考慮した構造になっています。

    移築秘話

    移築解体時に現れた当初の姿

    移築にあたり解体された外壁モルタルの下から、当初の外壁のハーフティンバーが姿を現し、移築に際して当初の姿をよみがえらせることができました。

    移築再建時の写真を見ると、その特徴的な構造がよくわかります。

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    常設展示 / のりもの

    明治29年(1896)に尾西鉄道が開業するにあたり、アメリカのブルックス社から購入した機関車。
    『2B1』と呼ばれる前輪2軸、動輪2軸、従輪1軸のタンク式です。
    大正14年(1925)に尾西鉄道と名古屋鉄道が合併した際、この車両は名古屋鉄道の所有になり、その後は新潟県の信越線二本木駅に隣接する日本曹達株式会社内の工場専用機として使用され、入替作業に従事しました。

    尾西鉄道蒸気機関車1号

    建造物

    歩兵第六聯隊は、名古屋に置かれていた東京鎮台第三分営という軍隊が、明治6年(1873)に名古屋鎮台に昇格した時に新しく編成された部隊でした。名古屋城大手門の右手にある二之丸跡に兵営が設置され、営庭を取り囲むように兵舎が配置されました。明治村へ移築されたのは第十中隊で、兵舎は約7割程度に切り縮められました。
    外観は漆喰壁に上げ下げ窓が並び、素朴な印象を与えます。しかし、構造はとても頑丈で、外側の柱はすべて土台から軒まで達する太い通し柱とし、壁の下地になる木摺(きずり)を斜めに打っています。

    歩兵第六聯隊兵舎

    建造物

    東京・文京区本郷にあった屋号を「喜之床」と称する理髪店で、明治後期から大正初期にかけての商家の形式をうかがい知れる建物。店の正面をガラス張りにしているのは当時の新しいスタイル。床屋は、ハイカラにはバーバーともいわれ、庶民の暮らしに欠かせない店屋でした。
    この建物の2階二間を明治42年(1909)から間借りして家族と生活していたのが、歌人石川啄木です。処女歌集『一握の砂』はここで暮らしているときに出版されました。

    本郷喜之床

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