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健康食品から嗜好品に!実は紀元前から食べられてきたアイスクリームの歴史

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グルメ 歴史

2023/08/07

健康食品から嗜好品に!実は紀元前から食べられてきたアイスクリームの歴史

ふるかわ かずみ

記者

ライターふるかわ かずみ

今ではすっかり私たちにとって身近なアイスクリームですが、いつから食べられていたのか、その歴史をご存じでしょうか?実は紀元前から世界中で、今のアイスの原型である氷菓子が口にされていたようです。

昔はいったいどんな味でどんなものだったのか、そして日本ではいつごろからアイスクリームが定着していったのでしょうか。

今回はそんなアイスクリームの歴史を辿っていきたいと思います。

 

意外と古い!世界のアイスクリームの歴史

まずは世界の歴史からみていきましょう。

もともとは雪や氷を冬に貯蔵しておき、食品を保存したり、涼をとる目的で夏に食べたりという利用法が本来の形でした。

それがギリシャやローマ時代では、戦いの際の兵士の士気を高め、体を元気づける健康食品として利用されていきます。そして、その健康食品としての氷や雪は、次第にヨーロッパの英雄たちにより、嗜好品として取り入れられていきます。

中近東からペルシャにまで及ぶ大帝国を築いたアレクサンダー大王(BC356~323)は、奴隷たちに山から氷雪を運ばせて、果汁や糖蜜を加えて、兵士に与えたり好んで飲んでいたと言われています。

また、健康食品としての氷や雪を嗜好品として一気に広めたのが、古代ギリシャローマの英雄・ジュリアス・シーザー (BC100~44) でした。

彼は若者をアペニン山脈に走らせ、そこから氷や雪を運ばせて、乳や密、ワインなどを混ぜて飲んでいたと伝えられています。

また、ローマ皇帝・ネロ(37~68)も、アルプスから奴隷に晩年雪を運ばせ、バラやスミレの花水や果汁・ハチミツ・樹液などをブレンドして作った飲み物「ドルチェ・ビータ」を愛飲していたとか。これはローマの一般市民の間にも広がりました。

また、地中海周辺のアラブ圏や中国でも、古くから氷菓の存在はあったようです。

現在の「シャーベット」の語源になっている「シャルバート」は、アラブ圏の砂糖を使った氷や雪で冷やした甘い飲み物でした。その「シャルバート」が9世紀以降シチリア島に伝わり、そこでは「ソルベット(シャーベットのイタリア語)」に変わりました。

また、『東方見聞録』の著者、マルコ・ポーロ(1254~1324)は、1260年代から約20年間、中国に滞在したときの記録を残していますが、そこには中国宮廷の氷菓を伝えたと記されています。それがいわゆるシャルバートで、その製法を持ち帰ったことで、イタリア全土に広がったと言われています。

 

日本のアイスクリームの歴史

日本書記や源氏物語などにさまざまな形で登場する氷

画像提供:日本アイスクリーム協会

では、我が国日本ではいつからアイスクリームが食べられるようになったのでしょうか?

我が国の正史「日本書記」によると、「氷室(ひむろ)」といわれる存在はすでに仁徳天皇(257~399)の時代には存在していて、冷や酒として楽しむ様子が残っています。

また、平安時代の書物『源氏物語』や『枕草子』にも氷を食べる場面や、アマチャヅルから採取した甘い樹液を削氷にかけて食べていた……といった様子が残されていたり、「水飯(すいはん)」といって、冷水をかけたご飯を書き込む様子なども描かれています。特に夏の暑い時期にこうしたいろいろな形で取り入れられた様子がうかがえますね。

※氷室・・天然の氷を(夏まで)蓄えておくための部屋や穴、洞窟など。ひょうしつ。

 

日本人とアイスクリームとの出会い

田中一貞 編『万延元年遣米使節図録』

時はすすみ、幕末。日本人が初めてアイスクリームを食べたのは、万延元年(1860)、徳川幕府の遣米使節団が、アメリカ政府のお出迎えのフィラデルフィア号の船上の歓迎会で出されたアイスクリームが最初だとされています。そのときの『航海日誌』には、下記の記述が記されています。

 

「珍しきものあり。氷を色々に染め、物の形を作り、是を出す。味は至って甘く、口中に入るるにたちまち溶けて、誠に美味なり。之をアイスクリンといふ」

 

このとき、はじめて「アイスクリン(アイスクリーム)」の名前が登場します。

ちなみにこの船には、勝海舟や福沢諭吉も乗っていたので同様に口にしていたと想像されていますが、いったいどんな感想を持ったのでしょうね。

 

横浜で誕生したアイスクリーム「あいすくりん」

画像提供:日本アイスクリーム協会

そして国内で初めてアイスクリームが誕生したのは、明治2年(1869)、町田房蔵(まちだふさぞう)という人物が、横浜馬車道通りで「あいすくりん」として、製造・販売したのがはじまりです。

当時の値段は金2分(50銭)、女工の月給の半分ほどで大変高価なもので大赤字でしたが、翌年の神社のお祭りに出店して「おおいに儲けた」そう。

画像提供:村上開新堂
明治38年(1905年)当時の店舗は洋菓子店と喫茶室として営業。右側のショーウィンドウには「アイスクリーム」の文字。

画像提供:村上開新堂
店内はかなり洋風。コーヒー・アイスクリームは当時15銭。

その後、文明開化の波が一気に押し寄せ、販売店やレストラン等でも提供されるようになっていきます。

明治8年(1875)には、横浜の外国人から教えを受けた村上光保が、東京麹町に開業した「村上開新堂」でアイスクリームを販売。横浜で町田房蔵が開業したことを除けば、本格的に日本でアイスクリームを製造販売した最初のお店となります。

※注)村上開新堂の商品購入については、現在紹介制のみでしか購入できません。

画像提供:株式会社資生堂パーラー 
明治35年(1902年)、東京・銀座に資生堂薬局(現在の資生堂)内に、アメリカのドラッグストアで展開されていたコーナーを参考にしたソーダファウンテン(現在の資生堂パーラー)を併設し、アイスクリームの販売をスタート。

さらに明治17年(1884年)には、西洋の客人をもてなす目的で建てられた「鹿鳴館(ろくめいかん)」の舞踏会で、コースメニューのデザートでアイスクリームが提供されています。

その後、「風月堂」をはじめとして「函館屋」や「富士屋」、そして現在も銀座に店舗を構える「資生堂パーラー」など、自社で製造・販売という形で、それぞれのお店のメニューに加わっていきます。

 

明治時代のアイスクリームってどんな味?
つくり方は?

日本で明治時代に誕生した最初のアイスクリーム「あいすくりん」ですが、それはいったいどんな味だったのでしょうか?

その前に、現在アイスクリームとひとくちに言っていますが、実は乳成分がどれだけ入っているかによって、以下の4種類に分けられています。

当時のあいすくりんは、つくり手によって、この成分の量も一定ではなかったようです。レシピについても詳細な記録は残っていないようで、日本アイスクリーム協会※によると、原料はいたってシンプルで、牛乳・卵・砂糖でできたものではなかったかということです。

また、冷凍庫などもない時代、今なら買って冷凍庫に入れて好きなときに食べることができますが、明治時代にはいったいどうやって保管・食べていたのでしょうか?

画像提供:日本アイスクリーム協会

写真は1850年頃に使われていたという「手回し式フリーザー」。桶のまわりの空洞に氷を入れて、真ん中にアイスクリームの材料を入れてハンドルを手動で回すことで、材料が冷やされ撹拌・乳化させて固形化するというもの。

冷凍庫などはない時代だったので、このフリーザーをつかって出来たものを、その場で販売していたそうです。明治2年にはすでに製氷技術もあったということで、今とは違った販売スタイルだったんですね!

※日本アイスクリーム協会 https://www.icecream.or.jp/

 

博物館明治村でも、
当時の「あいすくりん」が食べられる!

あいすくりん(300円)
明治時代の小説「食道楽」のレシピを元に創作した、どこか懐かしい味わいのアイスクリームです。

「あいすくりん」がどんな味だったのか気になりますよね?!

実は博物館明治村内の「食堂楽カフェ」では、当時の材料をつかってなるべく近い形で再現した「あいすくりん」がいただけます。

せっかくなので、今のアイスクリームとの違いを楽しんでみてはいかがですか?

INFORMATION

食道楽のカフェ

所在地

明治村4丁目 第四高等学校武術道場「無声堂」横

営業時間

平日11:00~(L.O. フードメニュー 14:30 ドリンク/スイーツ 16:30)|土日祝10:30~(L.O. フードメニュー 16:00 ドリンク/スイーツ 16:30)※季節によって異なる場合があります。

予算

~1000円

公式サイトURL

https://www.meijimura.com/gourmet/%e9%a3%9f%e9%81%93%e6%a5%bd%e3%81%ae%e3%82%ab%e3%83%95%e3%82%a7/

Writer

ふるかわ かずみ

記者

ライターふるかわ かずみ

結婚情報誌、美容、飲食を展開する出版社に約9年勤務。結婚を機に退職後は旅行好きが高じてフリーライターへ。家の転勤で福岡・広島を経由し、現在は名古屋市在住。愛知県はもちろん、東海3県の魅力を満喫&発掘中。得意分野は神社や温泉、そのほか美味しいものも大好き。地元の人の「当たり前」にプラス「新たな発見」をお届けします。