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ネオ・バロック様式の植物意匠が美しい

二重橋飾電燈

皇居造営にともない架け替えられた二重橋には、橋の西側両端に並んで4基の飾り電灯がつけられていました。明治村には、そのうちの一つが移築されています。
飾り電灯は、高さ5.2mの鋳鉄製でドイツのHARKORT社によって製造されました。安定した重厚な基部が軸部を支え、軸部から出た葉文様の丸鋼で出来た4本の枝が軽々と大きなグローブを吊り下げています。
飾り電灯の周りを囲む鉄柵には、二重橋とそのたもとにあった唐草模様の鋳鉄製欄干を利用しています。

建設年 明治21年(1888)
村内所在地 1丁目11番地
旧所在地 東京都千代田区千代田
文化財種別 登録有形文化財
登録年 平成15年(2003)
解体年 昭和38年(1963)
移築年 昭和40年(1965)

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    神戸市生田区元町の相生橋東詰に建てられた牛肉屋兼牛鍋屋。牛肉は日本では禁忌とされてきましたが、幕末より、神戸をはじめとした各地の居留地に住む外国人や寄港する外国船に向けた供給が必要に。明治の新たな商売として、牛肉販売に注目した岸田伊之助(1849-1928)が、神戸の地で牛肉商を始めるために建てたのがこの建物でした。
    建物は木造2階建てですが、胴蛇腹と軒蛇腹をめぐらせた漆喰塗りの外壁に目地を入れることで、まるで石造建築のように見せています。半円アーチの上げ下げ窓とコリント式の装飾柱、2階ベランダの洋風デザインは、当時の神戸に多く見られた外国商館を彷彿とさせます。

    大井牛肉店

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