記者
ライター山村 咲木
2023/11/28
夏目漱石、島崎藤村、川端康成など……。明治〜昭和時代にかけて、数多くの名作をこの世に生み出し、文学史に名を残した文豪たち。日本人なら誰しもがその名を耳にしたことがあるでしょう。
そんな彼らが生前に愛用していた宿が、現在も日本国内に残っていることをご存知でしょうか?
今回は、日本を代表する文人墨客たちが執筆活動や療養、休暇などで訪れた宿をご紹介。
安らぎの空間でゆっくりと読書にふけ文学に浸る、そんな素敵な休日におすすめの宿がたくさん!ぜひ、おでかけの参考にしてみてくださいね。
静岡県伊豆市にある、明治7年(1874年)に創業した「おちあいろう」。国の有形文化財に登録されており、日本の伝統的な木造建築が美しい老舗の温泉旅館です。
そんな「おちあいろう」は、小説家をはじめ、歌人や詩人など数多くの文豪たちが愛した宿としても有名。
明治時代には田山花袋や島崎藤村、昭和初期には若山牧水や北原白秋などといった、日本の文学を担った文豪たちが足しげく訪れました。
「おちあいろう」には、意匠が異なる14の客室があります。
中でも「青水沫(あおみなわ)」は、昭和時代の女流小説家 林芙美子が滞在した客室。狩野川沿いの風情溢れる半露天風呂が付いたお部屋です。小説「温泉宿」では、”菊の間”として描かれました。実際に小説の中に登場する客室に宿泊できるのは、ここでしか味わえない体験。
館内を巡る「文化財ツアー」も魅力のひとつ。明治時代から続く歴史的なエピソードとともに、職人の伝統技術による建築美を堪能することができますよ。
館内には、洞窟風呂・露天風呂・内風呂 3種類の温泉と2つのサウナが備わっています。源泉かけ流しの温泉は「美肌の湯」といわれているカルシウム・ナトリウム硫酸塩泉。保湿効果が高く、日ごろの疲れとともに肌の整いまで良くしてくれる、美と癒しの空間を味わえます。
そのほかにも、歴代の文豪の蔵書や懐かしいおもちゃなどが陳列された読書室があり、ノスタルジックな空間で読書を楽しむこともできます。
伊豆の雄大な山々と渓流のせせらぎに包まれ、穏やかなときの流れを感じられる宿「おちあいろう」。文学と触れ合いながら、安らぎの空間でゆったりと過ごすのはいかがでしょうか。
【おちあいろう】
住 所:〒410-3206 静岡県伊豆市湯ケ島1887-1
電 話:0558-85-0014
駐車場:あり
web:https://www.ochiairo.co.jp/
愛媛県松山市にある「道後温泉 ふなや」は、江戸時代から創業395年以上を誇る老舗の温泉旅館。ここでは、日本三古湯のひとつである名湯「道後温泉」で湯浴みを堪能することができます。
歴史深い「ふなや」は、俳人・文化人などさまざまな文人墨客が足を運んだ宿として知られています。
『吾輩は猫である』や『坊っちゃん』など数々の名作を生んだ明治の文豪 夏目漱石が、松山中学校の英語教師として赴任していたころに訪れました。鮒屋旅館(現在のふなや)に宿泊することを楽しみにしていた漱石は、その喜びを表現した句「はじめてのふなや泊りをしぐれけり」を詠んだそうです。
そのほかにも「ふなや」は、日本を代表する俳人 正岡子規や高浜虚子、新紙幣一万円札の肖像画に採用された渋沢栄一など、多くの偉人たちに親しまれてきました。
そんな「ふなや」には、檜湯・御影湯の2種類の大浴場があり、源泉掛け流し100%道後温泉の湯を堪能できます。アルカリ性単純泉の湯は、効能が豊かで優しくなめらかなのが特徴。湯治や美容に適していると言われています。
それぞれに露天風呂とサウナが完備されており、極上の湯浴みを味わうことができます。
園内には、自然の川が流れる1,500坪の広大な自然庭園「詠風庭(えいふうてい)」があります。四季折々で変わるその姿は、いつ見ても思わずうっとりしてしまう美しさ。昭和天皇が宿泊された際にも、この詠風庭を散策したのだとか。
他にも、この庭園には正岡子規と夏目漱石のこんなエピソードも。明治28年(1895年)病気のため松山に帰郷した俳人 正岡子規は、東京帝国大学で親友であった夏目漱石 (当時松山中学の英語教員)の下宿で静養することになります。そのときに子規と漱石は道後を散策し、この庭園で俳句「 亭ところゝ渓に橋ある紅葉哉 」を詠みました。
多くの著名人たちが愛した温泉旅館「ふなや」。趣のある伝統と格式のある温泉宿で、川のせせらぎを聞きながら、心も体も癒される至福のひとときを過ごすのはいかがでしょうか。
【道後温泉 ふなや】
住 所:〒790-0842 愛媛県松山市道後湯之町1-33
電 話:089-947-0278
駐車場:あり(車1台1泊 880円)
web:https://www.dogo-funaya.co.jp/
神奈川県・湯河原にある「伊藤屋」。明治21年に創業した歴史ある温泉旅館で、国の有形文化財にも登録されています。湯河原温泉の中央にある万葉公園の入口に位置しており、温泉街や美術館など散策にも便利。
「伊藤屋」の部屋数は全13室。登録有形文化財である五十二番の部屋は、明治天皇の侍従長だった徳大寺公爵が滞在する為に建てられたもの。当時のままの状態で残る客室では、ゆったりとした時の流れとともに歴史の深さに浸ることができるお部屋です。
そのほかにも、バリアフリーに対応した五十三番の部屋や伝統的な木造建築の本館、シンプルな和の雰囲気を堪能できる新館など、それぞれに異なる魅力的な客室が完備されています。
そんな「伊藤屋」にゆかりのある文豪は、明治〜昭和時代に活躍した小説家 島崎藤村。
昭和初期、島崎藤村の名作『夜明け前』の執筆にとりかかるために滞在しました。健康に気をつかっていた藤村は、湯河原温泉での湯治を勧められ夫妻で宿泊をしていたのだそう。
ロビーには当時の宿帳と献立が展示されています。当時の展示品を実際に見ることができるのは、ここでしかできない貴重な機会ですね。
そのほかにも、徳大寺公爵、黒田清輝、円朝、有島武郎など多くの文人墨客たちが「伊藤屋」を訪れたといわれています。
また、ここ「伊藤屋」は昭和11年(1936年)に起きた二・二六事件の舞台にもなりました。当時この場所で、歴史的な事件が起こっていたと思うと感慨深いものがあります。
明治から続くさまざまな歴史が刻まれた温泉旅館「伊藤屋」。文人たちが愛した宿で歴史や文学と向き合い、湯河原温泉でゆっくりと体を休める。そんな優雅で趣のある休日を過ごしに、ぜひ「伊藤屋」へ足を運んでみてください。
【湯河原温泉国登録有形文化財の旅館 伊藤屋】
住 所:〒259-0314 神奈川県足柄下郡湯河原町宮上488
電 話:0465-62-2004
駐車場:あり
web:https://www.itouya-net.jp/
新潟県越後湯沢にある、創業約900年を誇る温泉旅館「雪国の宿 高半」。温泉街を見下ろせる高台に位置しており、三国山脈を一望することができます。冬になると、幻想的な雪景色を眺めながら100%天然温泉の「卵の湯」を楽しめる、歴史ある温泉旅館です。
そんな「雪国の宿 高半」は、日本を代表する作家 川端康成ゆかりの宿でもあります。
川端康成の名作『雪国』は、「かすみの間」で約3年にわたり執筆されました。現在もこの「かすみの間」は文学資料室として当時の部屋のまま保存されており、宿泊者のみ見学することが可能です。小説『雪国』の世界へ入ったような、特別な気分が味わえますよ。
館内にあるシアタールームでは、大スクリーンで映画『雪国』を鑑賞することも可能。(完全予約制)
文学資料室には、川端康成をはじめとする文学にまつわる展示品の数々がずらりと並んでいます。展示の中には、小説『雪国』の初版本など貴重な書物や資料がたくさん!文学ファンや川端康成ファンには、特に必見のスポットです。
数百冊もの本が揃う「図書ラウンジ」もおすすめ。レトロな雰囲気が漂うこの場所は、まるで書斎のような空間で自分好みの本を発見できる魅力的なスペースです。就寝前や早起きした朝などのちょっとした時間に、ゆったりと読書に浸ることができます。
このほかにも「雪国の宿 高半」には、源泉をそのまま掛け流した100%天然温泉の「卵の湯」や地域の食材にこだわった三ツ星料理「A級グルメ」などといった、さまざまな魅力が詰まっています。
文学好きな人にはぜひ一度訪れてほしい温泉旅館「雪国の宿 高半」。小説『雪国』を片手に川端康成ゆかりの地で、読書をしながら文学に触れ合う。そんなひとときを過ごすのも素敵ですね。
【雪国の宿 高半】
住 所:〒949-6101 新潟県南魚沼郡湯沢町湯沢923
電 話:025-784-3333
駐車場:あり
web:http://www.takahan.co.jp/
兵庫県豊岡市の城崎温泉街にある温泉旅館「三木屋」。創業300年を誇る、古き良き歴史が残る老舗の温泉宿です。
玄関のある東館は、国の有形文化財に登録されている希少な3階建ての木造建築です。多くの部屋から日本庭園を望むことができ、日本旅館ならではの情緒溢れる空間の中、四季折々が奏でる魅力を楽しめます。
そんな「三木屋」にゆかりのある文豪は、”小説の神様”と呼ばれた日本を代表する小説家 志賀直哉です。
名作『城の崎にて』が生まれたのは、この「三木屋」。自身の療養のために約3週間にわたり滞在し、執筆活動に励んでいたのだとか。それ以降も、執筆はもちろん、友人や家族との旅行でも訪れるほど愛用していたそうで、長編小説『暗夜行路』には「三木屋」の日本庭園が描かれました。
志賀直哉がお気に入りであった26号室の客室が、当時のまま残されています。ここには、志賀直哉直筆のハガキなどが展示されており、宿泊者であれば見学することが可能です。
ここから見える日本庭園は、絶景そのもの。静寂な時の中、小説の中に入り込んだ気分でゆっくりとした時間を堪能できます。
「三木屋」の魅力はこれだけではありません。開湯1400年を誇る名湯「城崎温泉」や但馬の山海の幸に厳選された旬の食材をふんだんに使ったお食事など、心を満たす温泉旅館ならではの楽しさがたくさん!歴史とモダンが融合した「三木屋」で、安らぎの時間を過ごしてみてはいかがでしょうか。
【城崎温泉 三木屋】
住 所:〒669-6101 兵庫県豊岡市城崎町湯島487
電 話:0796-32-2031
駐車場:あり
web:https://kinosaki-mikiya.jp/
長野県下高井郡にある「上林温泉 塵表閣本店」は、明治〜令和の5代にわたり時代を超えて代々受け継がれる、由緒ある温泉旅館です。客室は全6室。全ての部屋がプレミアムという、贅沢な空間で快適な宿泊を楽しむことができるのも魅力のひとつ。
そんな「塵表閣本店」には、夏目漱石、与謝野晶子、林芙美子、川端康成など数多くの文豪たちや武人、政治家、皇族などが足を運びました。
源泉かけ流しの上林温泉は、かつて「塵表閣本店」を訪れた数々の文人墨客たちにも愛された名湯。地獄谷から汲み上げられた源泉100%の天然温泉を、内風呂・露天風呂の両方で堪能できます。
文人墨客・武人などにゆかりのある部屋「二人静」。ここは、明治〜昭和時代を生きた女流小説家 林芙美子が執筆活動に励んだ客室です。
部屋の丸窓から見えるねむの木は、林芙美子が滞在していたころに眺めていたものと同じなのだとか。
豊かな自然に囲まれ静寂なときの中で執筆・創作を行うことができる「二人静」は、多くの文人墨客たちに愛された宿として知られています。この部屋に泊まると、なんだか創作意欲が湧いてきそうですね。
「塵表閣本店」には、与謝野晶子直筆の台帳などといった偉人たちの展示品が並ぶ展示館もあります。またお食事には、信州野菜や信州牛など地元の素材を使ったこだわりの料理をいただくことができます。
明治時代から受け継がれる歴史とともに、静寂に包まれる空間で読書や創作を楽しむ。そんな休日を「塵表閣本店」で過ごすのもいいものですね。
【上林温泉 塵表閣本店】
住 所:〒381-0401 長野県下高井郡山ノ内町上林温泉
電 話:0269-33-3151
駐車場:あり
web:https://jinpyo.jp/
静岡県の人気温泉地、伊豆市にある修善寺温泉「湯回廊 菊屋」。創業から400年以上の歴史を誇る老舗温泉旅館です。「菊屋」のコンセプトは「時を旅する宿」。館内にめぐらされた湯回廊をわたって、歴史を感じる湯の旅を楽しむことができます。
日本を代表する明治時代の文豪 夏目漱石が静養のために滞在したのが「梅の間(現:漱石の間)」。
明治43年(1910年)、胃潰瘍を患っていた漱石が転地療養のために修善寺を訪れました。このとき漱石は、生死を彷徨うほどの重病で危篤状態に陥るほどに。この出来事は「修善寺の大患」と呼ばれ、その後の漱石の作品に大きな影響を与えることとなったそうです。
館内には、菊屋と漱石に関する資料の展示も。文学に詳しくない人でも、このように展示があることで新たな学びを得ることができますね。
また、漱石が宿泊した部屋の一部分がコーヒーラウンジ「漱石庵」として公開されています。
そんな「菊屋」の温泉は、修善寺温泉。菊の紋章が施された大浴場の菊風呂に露天風呂、さらにはプライベート空間で湯浴みを楽しめる無料の貸切風呂が4つあり、湯めぐりを思う存分堪能できます。
大正ロマンを感じさせる館内はノスタルジックな雰囲気で、思わず当時にタイムスリップした気分に。夏目漱石も愛した宿「菊屋」で、歴史を感じながらゆったりと過ごす至福のときを体験してみてはいかがでしょうか。
【湯回廊 菊屋】
住 所:〒410-2416 静岡県伊豆市修善寺874-1
電 話:0558-72-2000
駐車場:あり
web:https://www.hotespa.net/hotels/kikuya/
文豪たちが愛した宿について、ご紹介してきました。あなたの気になる文豪は登場しましたか。
お気に入りの小説を片手に、彼らが愛した宿で文学の魅力に浸るのも良い休日の過ごし方。どの宿も、文豪だけでなくたくさんの人々に現在も変わらず愛され続けている歴史があります。都会の喧騒から遠く離れ、疲れた体と心を休める。そんな至福のひとときを過ごすことができますよ。
記者
ライター山村 咲木
PICK UP