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歴史の舞台を間近で

ポーツマス条約の机

明治38年(1905)、日露戦争を終結させるポーツマス条約が締結された際に使用されていたテーブルを帝国ホテル2階で展示しています。教科書などで載っているポーツマス条約調印の写真やスケッチに登場するのがこのテーブルです。
このテーブルをはさんで、当時の外相・小村寿太郎とロシアのセルゲイ・ウィッテが激しく意見を戦わせました。

展示場所 5丁目67番地(帝国ホテル中央玄関内)

目次 - Index -

    鑑賞ポイント

    まるでビリヤード台?!

    多くの見学者の方が、初めてこのテーブルを目にした時の第一声です。
    一般的なビリヤード台(9フィート台)は長さ290cm・幅160cmである一方で、このポーツマス条約の机は長さ430cm・幅120cm。長さはビリヤード台よりも大きい、存在感のある机となっています。

    テーブルに取り付けられていた銘板

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    広島湾に浮かぶ小那沙美島に建造された灯台。この小さな島に灯台が置かれたのは、明治21年(1888)に海軍兵学校が広島の江田島に移され、広島湾岸が軍事上の要所とされたためでした。また、この燈台は、日露戦争前後の3か月という短い期間で建てられています。
    円筒形の灯柱に灯篭と天蓋が据えられた、総高さ約6.6mの鋳鉄造り。燈柱は直径50~60cmの円筒4本を積み重ねて建造され、工期短縮の必要と立地条件に適した構造となっています。上部の点検用デッキは6本の持送りで支えられ、灯篭には8面の曲面ガラスを組み込み、円錐形の銅板製天蓋と球形の冠蓋が載ります。

    小那沙美島燈台

    建造物

    山形県天童市の倉津川に架けられた石造アーチ橋。もともとの名は多嘉橋(「高橋」の表記とも)。幅7.7m、長さ13.3mの規模で、地元産の山寺石を積んで造られました。
    日本のアーチ橋は、江戸初期に建造が始まり、長崎の眼鏡橋などが有名です。中国から伝来した技術が用いられたため、九州地方に多く架けられました。明治に入ると、欧米の技術も取り入れられ、各地で見られるようになりました。東北地方のアーチ橋は、当時の県令であった三島通庸による土木政策からも大きな影響を受けました。長崎の眼鏡橋が湾曲した床面を持つのに対し、この橋は、ローマの水道橋のような水平な床面になっています。

    天童眼鏡橋

    建造物

    名古屋市内では京都市電に遅れること3年、明治31年(1898)に開通した名古屋電気鉄道により、市内電車が走り始めました。同社はその後も尾張地区に路線を伸ばし、大正元年(1912)には犬山線を開通。その時に建てられたのが、この「岩倉変電所」です。
    建物は、内部に大きな変電用機械が入れられるように、背の高いレンガ造りに。出入り口や縦長の大きな窓は、半円のアーチ型。褐色の塩釉系のレンガを、上下4段の帯に入れています。建物四隅にはバットレス(控壁)が取り付きます。

    名鉄岩倉変電所

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