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規格木材による構法のさきがけ

シアトル日系福音教会(旧シアトル住宅)

アメリカ・ワシントン州シアトル市に建てられた住宅です。当初はアメリカ人の住まいでしたが、1930年代(昭和5~14)に日系移民の所有となりました。当時の所有者にとって、アメリカに渡ってから長い苦難の年月を経て手に入れた一軒家だったものの、第二次世界大戦時、日本人の強制収容により家を追われることに。戦後は別の日系一世が買い求め、教会として使われましたが、やがて日系一世が減少して役目を終え、明治村に移築されました。
大量生産による規格木材を使用しており、2×4(ツーバイフォー)構法の先駆的な事例です。

建設年 明治40年(1907)頃
村内所在地 4丁目38番地
旧所在地 アメリカ・ワシントン州シアトル市
文化財種別 登録有形文化財
登録年 平成16年(2004)
解体年 昭和58年(1983)
移築年 昭和59年(1984)

目次 - Index -

    鑑賞ポイント

    玄関ポーチの柱と2階の出窓がアクセント

    木造2階建ての日本へも明治時代末期に導入されたプラットフォーム構法(2×4構法)で造られており、外壁は小口留めの細かな下見板張りになっています。太い角柱で支えた玄関ポーチと、2階には外に張り出したベイウィンドウで変化をつけ、また正面側の窓台は細かな持ち送りで受けています。

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    寄棟造りの屋根で、両妻に屋根窓をのせています。そぎ板葺きの屋根は、一般的に日本ではシングル葺きとよばれる葺き方。北米ではシェイク葺きと呼ばれています。

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    建造物

    名古屋城内に置かれた陸軍名古屋鎮台の附属病院。「衛戍」とは陸軍の駐屯のことを言います。明治村には、管理棟の半分と病棟1棟、それらをつなぐ渡り廊下が移築されています。建物は木造平屋建ての桟瓦葺きで、周囲に吹き放ちのベランダをめぐらせています。非常に開放的で明るく、清潔感にあふれた印象です。
    病院はもともとは6棟の建物が中庭を囲んで配される分棟式の配置をとっていました。これは洋式大病院の典型的な形式で、日本赤十字社中央病院(4丁目35番地)にも踏襲されています。

    名古屋衛戍病院

    建造物

    この建物はガラス工場施設の一部で、当時は大きな窯場や倉庫が隣接していました。明治政府は、明治9年(1876)に民営のガラス工場、品川興行社を買い上げて国営工場としました。施設を拡張・整備し、イギリス人の技術者たちを雇い入れて、需要の急増した板ガラスやガラス瓶などの国産化を急ぎました。
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    工部省品川硝子製造所

    重要文化財 / 建造物

    近代郵便制度の事業拡大にあわせ、伊勢神宮外宮前に建てられた郵便局舎。木造平屋建ての銅板葺きで、中央の頂きには円錐ドーム形の屋根、両翼には寄棟の屋根を伏せています。
    正面の左右には、小さなドームをのせた角塔が。外部の装飾は北欧で見られるハーフティンバー様式で、漆喰塗りと下見板張りの壁が使い分けられています。欄間(らんま)部分に施された、漆喰塗りのレリーフも特徴的です。
    窓口業務を行っていたカウンター、郵便物の発着口、切手倉庫、電話交換室など、当時の郵便局機能を支えていた各部分を見ることができます。

    宇治山田郵便局舎

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