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名古屋衛戍病院(愛知県有形文化財)

名古屋衛戍病院(愛知県有形文化財)

4丁目37番地


旧所在地 名古屋市中区三の丸
建設年代 明治11年(1878)

日本人による最初の洋式病院は明治4年(1871)横浜に造られた横浜共立病院で、これは貿易商組合の出資による私立の病院であったが、本格的な洋式の大病院を計画し、実行に移したのは軍隊で、全国の鎮台配置に合わせて陸軍衛戍病院が明治6年(1873)の東京を皮切りに順次整備されていく。明治11年(1878)に建てられた名古屋衛戍病院は、六棟の病院が中庭を囲んで配される分棟式の配置がとられていたが、これは洋式大病院の典型的な形式で、日本赤十字社中央病院にも踏襲されている。現在明治村に遺されているのは、病棟のうちの一棟と管理棟である。

木造平家建桟瓦葺で、周囲に吹き放ちのベランダを廻らせた姿は大変開放的で明るく、清潔感にあふれた印象を与える。細部のデザインは、同じ陸軍の施設である歩兵第六聯隊兵舎のものとよく似て質素なものになっているが、構造的には兵舎と若干異なり、漆喰塗大壁で囲まれ、小屋組も和小屋になっている。
 三重県庁舎(明治12年)とほぼ同じ頃の創建であるが、県庁舎が様々な洋風のデザインを取り入れているのに対し、この衛戍病院のデザインは簡素にまとめられている。手摺等は素木に少しの面取り(角を落す手法)を施すのみで、窓の額縁も曲線を使わず、単に段切りをしているだけである。

医療用X線装置「ダイアナ号」

1895年(明治28)ドイツの物理学者レントゲンは陰極線の実験中に、高電圧を起こした時、光とは比較にならない透過力を持つ放射線が発生することを発見する。これがX線で、X線はまもなく医療面への応用がはかられ、医学に画期的な進歩をもたらした。日本でもX線発見の翌年、早くもX線発生の実験に成功し、明治43年(1909)には国産初の医療用X線装置が完成している。このダイアナ号は大正7年(1918)に開発された高性能の国産機で、我が国での医療用X線装置の本格的な普及に大きな影響を与え、海外にも輸出された。

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