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政府が集めた蔵書を守った重厚な図書館

内閣文庫

明治政府が中央図書館として建てた内閣文庫庁舎の主屋部分。内閣文庫とは明治6年(1873)、赤坂離宮内に「太政官文庫」という名で開設された明治政府の図書館です。江戸幕府から引き継いだ古文書に加え、各地の古文書や海外の書籍が買い足され、蔵書の内容は充実していきました。
設計者は後に国会議事堂の建設を指揮することになる大熊喜邦。ルネッサンス様式を基調とした石と煉瓦で造られた建築で(移築時に構造は鉄筋コンクリート造に変更)、4本の円柱と2本の角柱が巨大なペディメントを受けている正面は、古代ギリシャ・ローマの神殿建築を思わせる姿です。この事務棟の背後に煉瓦造の書庫棟が建っていました。

建設年 明治44年(1911)
村内所在地 5丁目59番地
旧所在地 東京都千代田区千代田
文化財種別 登録有形文化財
登録年 平成16年(2004)
解体年 昭和59~60(1984~85)
移築年 平成2年(1990)

目次 - Index -

    鑑賞ポイント

    ポイント01|ルネサンス様式を基調とする意匠

    もともとはレンガ躯体に安山岩系の月山石を組み入れたレンガ造建築で、外壁の仕上げは、1階を筋状に目地を切りモルタル塗りに、2階を白タイル張りとしています。

    正面中央にはドリス式による半円柱4本を構え、隅には角柱を配置。唐草模様のペディメント(切妻壁)の中央にはメダリオンを添えます。
    日本人建築家が習熟に務めた西洋建築の様式がいかんなく表現されています。

    Check!

    中央部には小さなドームがのっています。これもルネッサンス様式を基調としているといえる一つのポイントです。

    ポイント02|内部の意匠も一級品

    内部は上下階とも同型で、正面にホールと階段室、両翼への廊下、奥に大部屋、翼屋の端に小部屋が並んでいます。

    玄関ホールと階段室の周りの造作は、ケヤキ材が用いられ漆拭きで仕上げられています。白漆喰塗りの壁、天井、天井蛇腹とともに、重厚でありながらどこか素朴さも併せ持ち、品のある空間になっています。

    Check!

    エントランスを含むすべての部屋の天井には中心飾りが付けられています。

    ポイント03|部屋ごとに材料の違う暖炉枠

    主な部屋には暖炉があり、それぞれケヤキ、白大理石、人造石などの暖炉枠が付けられています。蔵書を守るための堅牢さを旨とする建築でありながら、それだけに終わらない細部へのこだわりが、この建築の神髄かもしれません。

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    建造物

    20世紀建築界の巨匠として名高いフランク・ロイド・ライト(1867-1959)によって設計された、旧帝国ホテルの中央玄関部です。首都の迎賓施設にふさわい華やかさとライト独自の設計思想が隅々まで行き渡り、全体の設計から各客室に至るまで、多様で他に類を見ない空間が実現していました。
    床の高さや天井の高さに変化をつけながら、水平に、垂直に展開していく空間演出や、各種の部材に施された多彩な造形美など、見どころは尽きません。

    帝国ホテル中央玄関

    建造物

    皇居前広場から皇居に通じる、石橋の上に設置されていた6基の飾り電灯のうちの1つ。もともと、この場所には江戸時代から「西の丸大手橋」と呼ばれる木橋が架かっていました。明治宮殿の造営につき、石橋に架け替えられた際に、橋とともに造られたのがこの電灯です。
    設計は皇居造営事務局の技手であった久米民之助、欄干の装飾は河合浩蔵によるもの。岡山産の大島花崗岩造りによる眼鏡橋でした。両側に高さ114cmの石の手すりを備え、その間に高さ174cmの男柱を備えた造りに。さらに片側3本の計6本、それぞれの男柱石の上に、青銅鋳造の飾りが6基取り付けられていました。
    灯器には、四方に旭日(あさひ)と獅子の頭がデザインされ、腕木はアカンサスを模しています。電球グローブは真球を採用しています。

    皇居正門石橋飾電燈

    建造物

    隅田川に架かっていた鉄橋「新大橋」の一部。当時の日本橋浜町から深川安宅町間へ架かる橋として、多くの人々に利用されました。
    隅田川には江戸時代以来、木橋が架けられてきましたが、明治の半ば頃から次第に鉄橋に架け替えられました。この新大橋もその一つで、明治41年(1908)に起工され、同45年(1912)に開通。明治村には、日本橋側に架かっていた1径の半分、約23mの部分が移築されています。
    設計監理は、まだ東京市であった頃に市の営繕(えいぜん)を担当していた技術者達によるもの。日下部辨二郎、樺島正義らの名前が記録されています。鉄材はアメリカからカーネギー社の製品を輸入し、石材は常陸の石を使いました。

    隅田川新大橋

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