明治時代に見る民衆のATフィールド

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2021/08/13

明治時代に見る民衆のATフィールド

人は誰でも「これ以上他人に入ってきてほしくない」と感じる場所や心の領域があります。一般的にはパーソナルスペース、心の壁などと言われることが多いですが、しばしば「ATフィールド」と呼ばれることも。

現代は家族の間でも個人のプライバシーが尊重される時代ですが、昔はそのような考え方はありませんでした。しかし、その次代に生きる民衆に、いわゆる「ATフィールド」がまったく無かったわけではありません。彼らの暮らしの中でも、自分と他者を隔てる「境界」はさまざまな形で存在していたのです。

ATフィールドとは

ATフィールド(Absolute Terror FIELD:絶対恐怖領域)は大人気アニメ『エヴァンゲリオン』で登場した言葉で、多くの人が耳にしたことがあるのではないでしょうか。

エヴァンゲリオンの作中では、ATフィールドは人間ならば誰しもが持つ「心の壁」であり、人類を含むすべての生命体が、他者を拒絶し自己の肉体や精神を保持するために有する能力のことと表現されているようです。

明治村内のATフィールド

現代では家庭や職場をはじめ、あらゆる環境で個人のプライバシーが尊重されますが、昔はそんなことはありませんでした。家屋の造りからもわかるように、昔の日本家屋には部屋を仕切るドアはなく、ふすま一枚で話し声も筒抜け。

店舗兼住宅も多かったことから「プライベート」と「パブリック」の境界が曖昧な部分も多くありました。時代劇や昭和時代のアニメなどでも、勝手に扉を開けて用件を伝えに来るシーンを多く見かけます。

そのような社会の中で、人々はどのように自分自身の境界を保っていたのでしょうか。実は、明治時代の建物にも、既にそれらを思わせる工夫がされていたのです。

それでは当時の建物を見てみましょう。

東松家住宅

東松家住宅(重要文化財)

東松家住宅は名古屋の中心部堀川沿いにあった商家です。東松家は明治20年代後半までは油屋を生業とし、その後昭和の初めまで堀川貯蓄銀行を営んでいました。

帳場に置かれた帳場格子

銀行で重要な役割と果たす帳場は住宅を入ったすぐ右手にありますが、金銭の管理をするために主人か番頭しか立ち入ることのできない場所です。扉もなく誰にでも目のつく場所ですが、帳場の前には高さ50cmほどの「帳場格子」が置かれ、帳場と店の空間を区切る大切な境界となっています。

入り口すぐ右手にある帳場には段差も

また、その手前には段差もあり、帳場に入るには履物を脱がなければなりません。履物を脱ぐ・段差を上らせるという小さなアクションをくわえることも、大切なスペースを守るための重要な境界になっているのでしょう。

このほかにも透かし彫りの欄間や入り口の暖簾など、空間を緩やかに仕切る工夫があちこちにされています。

【東松家住宅】
住所:〒484-0000 愛知県犬山市内山1−1
https://www.meijimura.com/sight/%e6%9d%b1%e6%9d%be%e5%ae%b6%e4%bd%8f%e5%ae%85/

京都中井酒造

京都中井酒造(登録有形文化財)

京都中井酒造は京都御所近くにあった造り酒屋です。山型にカーブした「むくり屋根」や低い軒に開いた「虫籠窓(むしこまど)」、室内に続く通り土間など、伝統的な京都の町家の姿を遺しています。

そして、「駒寄せ(こまよせ)」と呼ばれる入り口・酒屋格子の外側に設置された格子状の柵(垣)も町家の特徴の一つです。

駒寄せ

外壁から少し距離を取って柵を設けており、もともとは荷物を運んできた馬をつなぐための柵(垣)でしたが、住まいを守る役割も担います。

また、駒寄せと似た役割の「犬矢来(いぬやらい)」もあり、これらは以下のような機能を果たします。

  • 犬や猫の糞尿除け
  • 雨跳ねによる壁の汚れを防ぐ
  • 往来の人を建物に近づかせないようにする
  • 道路と私有地の境界を示す

もともと、町家の軒下は「公」の街路と「私」の建物の曖昧な領域でした。明治期以前は軒下に商品を陳列するなど「公」に開放されていましたが、土地が民有地化された以降は「私」の領域として使われることが多くなりました。

京都の町家でみられる「犬矢来(いぬやらい)」

「公」と「私」を分ける境界は重要ですが、それによって来客が減っては商売にも影響をきたします。駒寄せや犬矢来は壁や塀は通行人に威圧感や閉塞感を与えず、他者を適度に遮断するゆるやかな境界と言えるでしょう。

【京都中井酒造】
住所:〒484-0000 愛知県犬山市内山1−1
https://www.meijimura.com/sight/%e4%ba%ac%e9%83%bd%e4%b8%ad%e4%ba%95%e9%85%92%e9%80%a0/

明治時代のATフィールドを感じよう

空間を完全に断ち切らず曖昧な設備や装置で区切る工夫は、昔から日本の住まいのいたるところに施されています。明治村の建物をじっくり見て回り、こうした工夫を探してみるのも楽しみ方の一つです。

また、私たちの身近に存在する、心理的に他者との距離を保つ「ゆるやかな境界」を探してみてはいかがでしょうか。

INFORMATION

東松家住宅

所在地

〒484-0000 愛知県犬山市内山1−1

公式サイトURL

https://www.meijimura.com/sight/%e4%ba%ac%e9%83%bd%e4%b8%ad%e4%ba%95%e9%85%92%e9%80%a0/

京都中井酒造

所在地

〒484-0000 愛知県犬山市内山1

公式サイトURL

https://www.meijimura.com/sight/%e4%ba%ac%e9%83%bd%e4%b8%ad%e4%ba%95%e9%85%92%e9%80%a0/

Writer

いずのうみ

記者

ライターいずのうみ

愛知県名古屋市在住のライター・編集者。コピーライター3年、広告代理店でメディア編集者3年を経て、現在はフリーランスとして活動しています。これまでに金融やSDGs、ファッション、美容などさまざまなジャンルのメディアを担当してきましたが、グルメと旅行のジャンルが最も得意です。趣味は国内旅行(47都道府県制覇!)、読書、お酒。犬と猫を飼い、毎日楽しく過ごしています!