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ボランティアスタッフによる案内で巡るガイド

長崎・神戸ガイド《定時 ボランティアガイド》

ボランティアが通常非公開箇所を含む長崎居留地二十五番館ならびに通常非公開の神戸山手西洋人住居の二つの建物内部をご案内します。

場所 長崎居留地二十五番館|3丁目31番地、神戸山手西洋人住居|3丁目32番地
開催日 現在は中止しております
予約 予約不要(現地でご案内)
料金 無料
所要時間 約20分
集合場所 長崎居留地二十五番館内の集合場所
開始時間 11:35、14:35

目次 - Index -

    おすすめポイント

    建物内部を詳しくご案内

    ・ボランティアスタッフによる詳しい解説とともに建物内部をご覧いただけます。

    この体験ができる建物について

    居留地住宅の発展が一度でわかる 長崎居留地二十五番館

    居留地住宅の発展が一度でわかる 長崎居留地二十五番館

    長崎に3ヶ所あった居留地-東山手、南山手、大浦-のうち南山手二十五番地にあった建物です。
    本館は三方にベランダをめぐらし、各室に暖炉を設けるなど、典型的な居留地住宅です。本館の外部に開く窓はすべて上げ下げ窓で、鎧戸が付きます。
    本館完成から20年後、本館とは別の棟梁によって右奥に別館が増築。和室も取り込んではいますが、外観は本館に合わせて下見板張りの洋風に仕上げられています。

    二棟が軽やかに渡り廊下で結ばれる洋館 神戸山手西洋人住居

    二棟が軽やかに渡り廊下で結ばれる洋館 神戸山手西洋人住居

    神戸の山手に建てられたいわゆる異人館。創建当初は外国人の住居でしたが、明治29年(1896)から日本人増田周助氏の所有となりました。その後再び外国人の手に渡り、フランス人貿易商フェルナン・ブルムが住みました。
    主屋には二面にベランダが廻り、鎧戸付きの出入口や掃き出し窓が開きます。付属屋の室内は日本間で、窓の一部が和風になっていますが、全体は洋風にまとめられ、別館1階は使用人の住居にあてられました。主屋と付属屋を組み合わせた構成は、神戸西洋館の典型とされます。

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    建造物

    東京都墨田区向島5丁目にあった幸田露伴が借家住まいをしていた住宅です。幸田露伴(1867-1947)は明治を代表する作家で、尾崎紅葉と文壇の人気を二分しました。露伴はたびたび引越しをする人で、新たな借家に移るたびに、住まいを替えるヤドカリをもじって「蝸牛庵(かぎゅうあん / カタツムリの家)」と呼んだといいます。向島の周辺でも3度も引越しをしましたが、その中でこの家は、明治時代に最も長く住んだ家でした。
    建物は木造で、一部が2階建てになった構造。寄棟の桟瓦葺きで、外壁は押縁の下見板張りです。

    幸田露伴住宅「蝸牛庵」

    建造物

    長崎に3ヶ所あった居留地-東山手、南山手、大浦-のうち南山手二十五番地にあった建物です。
    本館は三方にベランダをめぐらし、各室に暖炉を設けるなど、典型的な居留地住宅です。本館の外部に開く窓はすべて上げ下げ窓で、鎧戸が付きます。
    本館完成から20年後、本館とは別の棟梁によって右奥に別館が増築。和室も取り込んではいますが、外観は本館に合わせて下見板張りの洋風に仕上げられています。

    長崎居留地二十五番館

    建造物

    神戸の山手に建てられたいわゆる異人館。創建当初は外国人の住居でしたが、明治29年(1896)から日本人増田周助氏の所有となりました。その後再び外国人の手に渡り、フランス人貿易商フェルナン・ブルムが住みました。
    主屋には二面にベランダが廻り、鎧戸付きの出入口や掃き出し窓が開きます。付属屋の室内は日本間で、窓の一部が和風になっていますが、全体は洋風にまとめられ、別館1階は使用人の住居にあてられました。主屋と付属屋を組み合わせた構成は、神戸西洋館の典型とされます。

    神戸山手西洋人住居

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