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ボランティアスタッフによる案内で巡るガイド

幸田家訪問《定時ボランティアガイド》

ボランティアガイドが幸田露伴住宅「蝸牛庵」の「住人」を演出し、くつろいだ雰囲気の中で幸田家の人々の生活ぶりをご紹介します。

場所 幸田露伴住宅「蝸牛庵」|3丁目26番地
開催日 現在は中止しております
予約 予約不要(現地でご案内)
料金 無料
集合場所 幸田露伴住宅「蝸牛庵」
開始時間 10:10、12:00、13:00、14:50

目次 - Index -

    おすすめポイント

    建物内部を詳しくご案内

    ・ボランティアスタッフによる詳しい解説とともに建物内部をご覧いただけます。

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    見る・知る

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    建造物

    神戸の山手に建てられたいわゆる異人館。創建当初は外国人の住居でしたが、明治29年(1896)から日本人増田周助氏の所有となりました。その後再び外国人の手に渡り、フランス人貿易商フェルナン・ブルムが住みました。
    主屋には二面にベランダが廻り、鎧戸付きの出入口や掃き出し窓が開きます。付属屋の室内は日本間で、窓の一部が和風になっていますが、全体は洋風にまとめられ、別館1階は使用人の住居にあてられました。主屋と付属屋を組み合わせた構成は、神戸西洋館の典型とされます。

    神戸山手西洋人住居

    建造物

    東京郊外の巣鴨に新築された私立宗教大学(現 大正大学)本館の正面に設けられた車寄部分を移築したもの。
    本館の建物は、中央にバロック風の角ドームをのせた大屋根をいただく2階建ての洋風建築で、車寄と同様、腰石には花崗岩が積まれていました。車寄の高さが6.9mにもなりますから、2階建ての本館が壮大な建築であったことがうかがえます。

    宗教大学車寄

    建造物

    東京都墨田区向島5丁目にあった幸田露伴が借家住まいをしていた住宅です。幸田露伴(1867-1947)は明治を代表する作家で、尾崎紅葉と文壇の人気を二分しました。露伴はたびたび引越しをする人で、新たな借家に移るたびに、住まいを替えるヤドカリをもじって「蝸牛庵(かぎゅうあん / カタツムリの家)」と呼んだといいます。向島の周辺でも3度も引越しをしましたが、その中でこの家は、明治時代に最も長く住んだ家でした。
    建物は木造で、一部が2階建てになった構造。寄棟の桟瓦葺きで、外壁は押縁の下見板張りです。

    幸田露伴住宅「蝸牛庵」

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