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ボランティアスタッフによる案内で巡るガイド

幸田家訪問《随時ボランティアガイド》

ボランティアガイドが幸田露伴住宅「蝸牛庵」の「住人」を演出し、くつろいだ雰囲気の中で幸田家の人々の生活ぶりをご紹介します。

場所 幸田露伴住宅「蝸牛庵」|3丁目26番地
開催日 毎日※休村日を除く ※都合により休止の場合がございます。
予約 予約不要(現地でご案内)
料金 無料
所要時間 約30分
集合場所 幸田露伴住宅「蝸牛庵」
開始時間 10:10~12:00、13:00~14:50

目次 - Index -

    おすすめポイント

    建物内部を詳しくご案内

    ・ボランティアスタッフによる詳しい解説とともに建物内部をご覧いただけます。

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    見る・知る

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    建造物

    「亦楽庵(えきらくあん)」は、京都の医家である漢学者でもあった福井恒斎が、明治10年(1877)頃自宅の庭に建てたものと伝えられています。
    利休以後、茶室は様々な形が創出されましたが、その多くはより小さな空間へと向かい、閉じられた形が継承されてきました。しかし、この「亦楽庵」では開け放つ試みがなされており、利休四畳半(本勝手)の茶室の一方に引き違い障子戸を建て、瓦を敷いた土間を介して庭との結び付きを求めています。
    利休の目指した茶室では、華美や豪華は極力避けられ、素朴な構成が追求されました。庭の自然の只中にありながら四方の壁をきっちり囲み、窓には単なる明かり採りとしての意味しか持たせず、狭い空間に大自然を創造しようとしました。

    茶室「亦楽庵」

    重要文化財 / 建造物

    品川燈台は観音崎(神奈川県)、野島崎(千葉県)につぎ明治3年(1870)に点灯された灯台。品川沖の第ニ台場の西端に建てられました。石油による光で100燭光(光の強さの単位)、光源の高さは地上から19尺(約5.8m)海面上52尺(約16m)、光の届く距離は約18kmと記録されています。また、燈火は日本初の赤色火舎を用いた不動紅色であったと記録されている。
    初期の洋式灯台は外国の技術援助によって造られ、品川燈台はフランス人技師ヴェルニーによって設計され、フランス人技手のフロランによって建設。レンズや金属部をフランスから輸入しました。
    観音崎、野島崎燈台が関東大震災により倒壊したため、この灯台は現存するわが国最古の洋式灯台です。

    品川燈台

    建造物

    東京都墨田区向島5丁目にあった幸田露伴が借家住まいをしていた住宅です。幸田露伴(1867-1947)は明治を代表する作家で、尾崎紅葉と文壇の人気を二分しました。露伴はたびたび引越しをする人で、新たな借家に移るたびに、住まいを替えるヤドカリをもじって「蝸牛庵(かぎゅうあん / カタツムリの家)」と呼んだといいます。向島の周辺でも3度も引越しをしましたが、その中でこの家は、明治時代に最も長く住んだ家でした。
    建物は木造で、一部が2階建てになった構造。寄棟の桟瓦葺きで、外壁は押縁の下見板張りです。

    幸田露伴住宅「蝸牛庵」

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