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偉人が伝える明治村の魅力

偉人ガイド(事前予約制)

明治村の公式おもてなしグループ「明治偉人隊」が、自らのエピソードを交えながら、自身に縁のある建造物をご案内します。

場所 ・樋口一葉…本郷喜之床・小泉八雲避暑の家  ・夏目漱石…森鷗外・夏目漱石住宅      ・福澤諭吉…北里研究所本館・医学館     ・松井須磨子…聖ヨハネ教会堂          ※ガイドをする偉人・建物はお選びいただけません。
開催日 土日祝日を除く
予約 1か月前から14営業日前までにFAX・メールでお申し込みください。 お申込みの際は ①お名前 ②お電話番号 ③ご希望の日時 ④参加人数 ⑤入村窓口(正門・北口) をご記載の上、お申込みください。 ※先着順のため、ご希望に沿えない場合がございます。 ※返信までに1週間程度お時間をいただきます。
料金 1グループ様(2名様以上20名様以下) 5,000円          ※20名様を超える場合は応相談
所要時間 約30分
集合場所 各偉人のガイド場所
開始時間 (a)10時30分~11時30分の間にガイドスタート (b)13時30分~15時00分の間にガイドスタート 上記時間内でご希望のお時間をご指定ください。

目次 - Index -

    この体験ができる建物について

    ドイツ・バロック風の瀟洒な研究所 北里研究所本館・医学館

    ドイツ・バロック風の瀟洒な研究所 北里研究所本館・医学館

    北里研究所はドイツでロベルト・コッホに師事し、細菌学を研究した北里柴三郎博士が伝染病の研究所として創立したものです。
    この建物は、博士自身が学んだ研究所にならい、ドイツ・バロック風を基調とし、腰折れ屋根やドーマー窓が特徴です。細部には幾何学をモティーフとした意匠も見られ、新しい時代のデザインの影響も見え隠れします。
    顕微鏡による観察を良好な条件で行えるよう、光の変化が少ない北に面して部屋が設けられていました。

    八雲が夏に過ごした海辺の町家 小泉八雲避暑の家

    八雲が夏に過ごした海辺の町家 小泉八雲避暑の家

    小泉八雲(1850-1904)はもとの名をラフカディオ・ハーンと言い、アイルランド人の父とギリシャ人の母の間に生まれた。アイルランドで教育を受けた後、アメリカで新聞記者などを経て、明治23年(1890)に来日し、英語教師として松江中学を始め各地へ赴任しました。明治29年(1896)に日本に帰化し、同年東京帝国大学に招かれ教鞭をとるようになると、毎年夏を焼津で過ごすようになりました。この家は魚屋の山口乙吉の家で、1階に通り土間を備えた典型的な町家です。

    啄木が名作を生み、家族と暮らした場所 本郷喜之床

    啄木が名作を生み、家族と暮らした場所 本郷喜之床

    東京・文京区本郷にあった屋号を「喜之床」と称する理髪店で、明治後期から大正初期にかけての商家の形式をうかがい知れる建物。店の正面をガラス張りにしているのは当時の新しいスタイル。床屋は、ハイカラにはバーバーともいわれ、庶民の暮らしに欠かせない店屋でした。
    この建物の2階二間を明治42年(1909)から間借りして家族と生活していたのが、歌人石川啄木です。処女歌集『一握の砂』はここで暮らしているときに出版されました。

    明治の2人の文豪が、数々の名作を生んだ家 森鷗外・夏目漱石住宅

    明治の2人の文豪が、数々の名作を生んだ家 森鷗外・夏目漱石住宅

    明治の文豪である森鷗外と夏目漱石が、奇しくも相次いで借家した和風住宅。明治20年(1887)頃、医学士中島襄吉の新居として建てられたものの、空家のままだったこの家は、明治23年(1890)に森鷗外が借家し1年余りを過ごしました。鷗外は、ここに移り住む同年の1月、処女作小説『舞姫』を発表。この家では『文づかひ』等の小説を執筆し、文壇に入っていきました。
    明治36年(1903)から同39年までは夏目漱石が住み、漱石はここで『吾輩は猫である』を発表。文壇にその名を高めました。文中に描写された家の様子は、よくこの家の姿を写しています。
    玄関脇の張り出した和室(応接兼書斎)、台所から座敷への中廊下には、住宅の近代化の萌芽が見られます。

    古都に出現した赤レンガの教会堂 聖ヨハネ教会堂

    古都に出現した赤レンガの教会堂 聖ヨハネ教会堂

    日本聖公会京都五条教会堂として建設された教会堂。2階が会堂、1階は日曜学校や幼稚園に使われていました。
    中世ヨーロッパのロマネスク様式をベースに、細部にゴシックのデザインをまじえた外観が特徴。正面の左右には高い尖塔が建てられ、奥に十字形の大屋根がかかる会堂が配されています。2階の会堂の内部は十字形の平面になっていて、小屋裏あらわしも。アーチ形の方杖と鉄筋が組み合わされた独特な小屋組の細い骨組みにより、実際よりも広く感じさせる造りです。正面の妻と交差廊の両妻には大きな尖塔アーチの窓が設けられ、美しいトレーサリーの模様が浮かび上がるとともに、室内に光をふんだんに取り込みます。京都の風土に合せて使ったといわれる天井の竹のすだれが明るい光を反射し、内部の印象は非常に開放的です。

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