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宮津裁判所法廷
5丁目63番地
旧所在地 京都府宮津市本町 建設年代 明治19年(1886)
古来日本では裁判所を行政官庁から独立させる思想はなく、むしろ行政官庁が同時に裁判所でもあることが原則となっていたが、明治元年(1868)の政体書の中で、太政官の権力を立法・行政・司法の三権に分離し、司法権を掌る刑法官を設けたのを端緒として、司法権の独立へと向かうことになった。明治4年(1871)司法省が置かれ、同8年最上級審として大審院が、翌9年には各地に4つの上等裁判所と23の地方裁判所が創設された。そののち幾度かの改編を重ねて整備が進み、明治23年(1890)の裁判所構成法により司法制度はその確立をみた。制度の改良と時を同じくして法律も整備され、明治15年にはフランス法系の治罪法が定められ、同23年には治罪法を改正して刑事訴訟法が制定された。このような司法制度確立期の明治19年に宮津裁判所は建てられ、この法廷はその一部である。
控訴裁判所などの上級審が洋風レンガ造で造られたのに対し、和洋折衷の木造で建てられた。立式を採用した法廷内部や、窓、出入口などに洋風の影響を見ることができるが、明治村の中の他の多くの和洋折衷建物がペンキ塗であるのに対し、この建物は素地のままであり、和風の意識が強いことを表している。
宮津裁判所全体の形は左右対称のH型で、中央に二階建の管理棟、左右両翼に法廷棟が配されていた。管理棟には、玄関、応接所、正庁、会議室などがあり、法廷棟には法廷のほか予審廷、検事調所があった。明治村に移築されているのは、右翼の刑事法廷棟である。
法廷を復元するに当たり、明治村では人形を用いて当時の法廷風景の再現を図った。高い壇上に裁判官と検事、書記が座を占め、弁護士、被告人は下段に置かれている。法廷への入口も分けられており、裁判官達は廊下づたいに、弁護士、被告人は外の廻廊から入るよう定められていた。
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