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東京盲学校車寄

 
1丁目10番地
旧所在地 東京都文京区目白台 建設年代 明治43年(1910)
 福沢諭吉の「西洋事情」(慶応2年〔1866〕刊)には欧米における盲人及び聾唖者教育の実情も記されており、その中に点字による教育実践の様子が書かれている。
 日本で最初に盲人教育が行われたのは、明治6年(1873)頃であるが、まだ組織化されたものではなかった。

 明治13年、築地に私立の訓盲院が作られ、本格的な障害者教育が開始された。その後国立となり、一時は盲唖学校として障害者の一元的教育を目指した時期もあったが、明治41年(1908)盲唖分離を目的として小石川雑司ヶ谷町に東京盲学校が建設されることになり、同43年6月本館が完成した。

 本館は木造二階建、間口62mにも及ぶ大建築で、板張の壁面に柱、桁、胴差等の垂直材・水平材と筋違い等の斜材を浮き出して装飾とするハーフティンバーと呼ばれる様式が使われたが、これは明治末期の学校建築の典型的なスタイルであった。明治村は、この本館が昭和42年(1967)取り壊される際、デザインの凝縮されたその車寄だけを移築保存し、日本庭園の一角に据えて「あずまや」とした。

 
  旧状

明治村日本庭園
 明治時代の代表的庭園には、江戸時代からの伝統を守る庶民的なもののほか、日本庭園史上、次の三つの画期的な庭園が生まれている。
一、数寄者が自由に意匠する自然主義又は写実主義の庭園。(例)京都無鄰菴
二、貴族の洋館に伴われた庭園で、広い芝生の平庭に美しい曲線の園路を穿ち、丸刈物や花物を散らした和洋折衷式庭園。
(例)新宿御苑の一部
三、豪壮な洋館に接するイギリス・フランス・イタリア等の造園手法をそのまま採用した純洋式庭園。
(例)日比谷公園
 明治村日本庭園は、明治時代の二つの庭園型式の声現に努めたもので、故田村剛博士(元明治村理事長)が設計監督し、明治100年にあたる昭和43年2月から明治村職員が直営で施工し、2年後の昭和45年4月に完成した。

 
  平面図

 この庭園は、眼下に入鹿池と遠く山並みの峰々を望む視界の広い風光明媚な位置にある。園内はもとの地形が利用されており、かなり強い傾斜面を被うアカマツと雑木林を生かし、その問に滝と渓流を写した写実的な部分と、洋式手法の亭(東京盲学校車寄)を囲んで丸刈物が植栽され、曲線の砂利道をつけて、芝生の部分とを併せて一体化するという見事な創作である。
 庭木は丸刈物のほかは、自生する植物を努めて利用しており、流れに採用した庭石は和歌山県高野山と揖斐川上流から採石した紫雲石で、古来京都の名石として知られる貴船石と同質のものである。

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