 
ボランティアガイドを担当する日は、村を訪れるお客様との出会いの時でもあります。「出会いはすばらしい、すてきな出会いは人生を楽しくする」という名言もあるそうですが、毎回、ガイドの後、来村されたお客様に気持ち良くお帰りいただけたか気がかりです。そこで、最近のガイドで、うれしかったこと、楽しかったこと、困ったこと等を書いてみようと思いました。
1:偶然の出会い:七條交番前にて
5月の連休明けの頃でした。来村者少なく、手持ち無沙汰で七條交番前に居りました。1丁目の方から初老の2人の紳士が坂をおりて来ましたが、そのうちの1人の方が、不思議そうにじっと私の方を見ています。
「こんにちは、今日は気持ちの良い日ですね。何かご質問などありませんか?」「いや・・・特に・・・。」
だいぶ行きかけて、また戻ってこられました。「人違いでしたらすいません。○○に勤めていた井上さんではないですか」「はい、そうですが・・・。失礼ですが、はて?どなたでしたっけ?」「やっぱり!・・Tです。・・・□□製作所に居た。」卒業後一度会って以来、30年以上も会っていない大学の先輩が目の前に立っていました。
お互い分からないくらいに変わってしまったこと、思いがけない場所で出会ったことなど、全く信じられないというか、ちょっと戸惑いを感じるくらいでした。
ちょうどガイドの時間になりましたのでおふたりと共に4丁目に向かって歩きながら話しましたが、当然のことながら(?)会社時代や近況などの話になりました。お連れの友人には申し訳なかったのですが、本来のガイドは、半分程度しかしなかったかもしれません。私には、次の場所のガイドがあり、先輩も短時間の来村でしたので、残念ながら聖ザビエル天主堂前で別れました。その後、その時撮った写真など送っていただいたりして、手紙の交換等がありましたが、こういう場所でガイドをしていると、思いがけない偶然の出会いがあるものだと、神のなせる業のような不思議な気持ちがいたしました。
2:楽しかったガイド:1丁目ガイドにて
路線バスを降りて入村したばかりの、団塊の世代かと思われるご夫婦でした。
何か質問ありげなご様子でしたので声をお掛けました。「こんにちは、特にご覧になりたいところはありますか?」「山形の建物があると聞いて来たんですが・・・」「山形県からおいでになったのですか?・・・そうですか・・・えーと、山形県の建造物というと、ここには、天童の眼鏡橋がありますが、それでしょうか?」「いや、建物なんですが・・・無いですか?」
・・・あっと気がつきました。「リトルワールドという博物館がありますが、そこに確か、山形県の建物がありましたね。ここからですと一旦犬山駅に戻って、再度リトルワールド行きのバスに乗っていただくことになるのですが・・・」
お二人は相談されていましたが、折角来たのだから明治村もちょっと見て行こうということになりました。方針を変えてくださったのだから、これはしっかりガイドをせねばと思いました。1丁目ガイドの始まる時間までちょっと間がありましたので、まず明治村の概要を正門の大きなマップで説明しました。
どちらからお越しくださったのか聞いたところ、山形県鶴岡市とのことでした。「そうですか・・鶴岡市ですか。藤澤周平の海坂藩の町ですよね・・・・実は私、藤澤周平のファンなんですよ」 とたんに、おふたりと私の間がグッと近づいたような、一種の親密感が沸いたような気がしました。ガイド中に藤澤周平の話題。「小説に出てくる城は無論のこと、五間川、橋、神社、寺、藩校、温泉など実際にあるんですよね」「名前は同じではないですが残っていますよ。観光コースにもなっています。お城はもう無くて、城跡は公園になっています。一度鶴岡にも来て下さい」「ええ、是非一度行きたいと思っているんですがね・・・・、三屋清左衛門残日録には、小料理屋で酒を飲むシーンがよく出てきて、いろいろな海坂藩の料理が出てくるんですが、エーと、ハタハタの何とかとか・・食べてみたいです」奥さん「田楽とか塩焼きとかいろいろあるんですよ」などなど。
ところで、お二人の会話に注意していたが、東北弁が出てこない。失礼とは思いながら「日頃東北弁は使わないのですか?」「いやあ、他の人が居るから、気を遣って使わないだけで、2人だけだったらそれはもう・・・」「ご遠慮なく使ってくださいよ」そこでおふたり、ほんのしばらくの間、東北弁で話してくださったのですが(誌上録音は難しく割愛)・・・、また元の標準語に近い会話に戻ってしまいました。最後に三重県庁舎と鉄道局新橋工場内の明治天皇、昭憲皇太后の御料車をご案内してお別れしました。御料車は特に興味を覚えたご様子で喜んでいただけたようでした。
私自身はお客様と楽しい会話ができてうれしかったのですが、どちらが楽しんだのかわからないようなガイドのひと時でした。
3:困ったガイド:帝国ホテル中央玄関ガイドにて
休日の月曜日(海の日)でした。帝国ホテル中央玄関でお客様をお待ちしていたところ、ご夫婦が近づいて来られましたので声をおかけしました。
「こんにちは、明治村は初めてですか?ここを担当しているボランティガイドですが、ご案内いたしましょうか」「ええお願いします」と言って誰かを呼んでいます。ちょっと離れたところで帝国ホテルの外観を盛んに写真に撮っていた青年(少年といったほうが良いかもしれません)が寄ってきました。一見して外国人と分かります。
「友人の依頼で数日ほど世話を頼まれましてね、ここへ案内してきたんです。よろしくお願いします。この子はトルコから来たんです」「はい、承知しました。通訳の方はお願いしますね」と私。「いや、私たちもあまり出来ないんですよ。」とご夫婦。「ええ?!それは・・・ちょっと困りましたね。英語は片言しかできないんですよ。」「ええ、片言でかまわないです。お願いします。」とご夫婦。まったく出来ないといえばよかったのですが、後の祭り。青年は、我々の会話を理解しているのか(?)、にこにこ頷きながら傍らで聞いている。何だか断るのがかわいそうな、申し訳ないような気持ちになってきました。「では、思い切ってやってみますか!」と、ガイドが始まりました。
ええと・・・、"This hotel is built in 1923."・・・あっ、過去と現在間違えた!!言い直し。
"This hotel was built in 1923.(このホテルは1923年に竣工しました。)"
"That day was・・・??"「落成式の日なんですがね・・・」しばらく考えて、
"Building completion ceremony day was September 1st in 1923.(竣工記念式典は1923年9月1日でした)"
"That day, big earthquake was in Tokyo.(その日、東京は大地震に見舞われました)"
"Can you understand?(分かりますか?)"
彼は、にこにこ頷いていましたし、奥さんが「うまいうまい」と声援を送ってくれましたが、内心本当に伝わっているのかなと心配しながら・・・そして続く。
"This hotel is constructed by scratched tiles and OOYA stones.(このホテルはスクラッチタイルと大谷石でできています)"
「従って、外観上は地震に弱そうだが・・・」と云いたかったのですが、これはとっさに言葉が出ず割愛。
"But, this hotel was not destroyed.(しかし、このホテルは無事でした)"・・・と、まずは滑り出しました。
今こうやって日記として書いていますが、今思うと和製英語そのもので、例えばOOYA stones(大谷石)もnamed OOYA rocks と言えばよかったとか、通常のガイドでは、「大谷石は火山灰が固まった脆い岩石です」と説明していますが、これもとっさに英訳ができず省略。・・・と、こんな調子で、あとは推して知るべしです。お客様も、持参の電子辞書で分からない単語をすばやく引いて補足くださり助かりました。
通常のガイド時間は15分くらいなのですが、このガイドに要した時間は倍以上も掛かりました。一方で話した内容は、通常の半分にも満たなかったのではないでしょうか。必死の思いでやったガイドですが、お客様にどのような感想をお持ちいただけたか、今でも気になっております。
◆見学ガイド
帝国ホテル (5丁目23番地)
丁目ガイドツアー(私たちが毎日、村内のガイドをしています。予約不要です。)
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